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善光寺焼とは何か|すべては一冊の本から始まった【序章】

善光寺御開帳で公開された前立本尊と開かれた厨子 御開帳と善光寺焼シリーズ

【御開帳と善光寺焼シリーズ|本編】

善光寺御開帳の年、
“本物”と出会った記録です。

※このシリーズは順番に読むと、より伝わります。

▶︎はじめに|すべては一冊の本から始まった(この記事)
第一話|出会いは、突然だった①
第二話|本物と出会う時間②
第三話|余韻の中で見えたもの③
第四話|暮らしの中で使うということ④
第五話|帰路に繋がったもの⑤
善光寺焼とは何か|名前だけが残った焼き物
善光寺焼はどこから来たのか|出会いの流れを整理する
シリーズ一覧を見る

 

善光寺焼とは何か。
長野に名前だけが残る焼き物との出会いは、
一冊の本から始まった。

※この話は、善光寺焼きを探し始めたきっかけです。

幼い頃、施設で過ごしていた。

生活のほとんどは、
寄付や支援で成り立っていた。

着るものも、食べるものも、
使う食器や道具、ノートや鉛筆まで、
暮らしに必要なもののほとんどがそうだった。

それが当たり前だった。

食事の時間になると、
「配膳当番」が順番で回ってくる。

先輩が席につく順に、
磁器の茶碗にごはんをよそい、
漆塗りのお椀に味噌汁をよそい、
大皿や小皿を並べていく。

形もさまざまだった。

八角形、六角形、五角形――

少し歪んだものばかりだった。

投げつけられることもあった。

喧嘩でひっくり返ることもあった。

割れや欠けで、手や口を切ることもあった。

洗い物の時に聞く、
器同士が擦れ合う音や、
水の中でぶつかる音も覚えている。

欠けた部分で指を切って、
とっさに舐めたこともあった。

先輩たちには、それぞれお気に入りの器があった。

うっかり間違えると、
その場の空気が一気に張りつめた。

子供ながらに、
「これは昔の皿だ」と教えられていた。

でも、特別に大事にされていたわけでもなかった。

小学校に上がる頃、
食器はプラスチックへと変わっていった。

時代の流れとともに、
少しずつ、まわりのものは変わっていった。

それでも、
どうしても手放せなかった。

三枚だけ、こっそり残した。

あの時使っていた、小さな皿だった。

施設は歴史の古い場所だった。

錦華学院。

天皇の馬の名に由来すると聞いたことがある。

小学校五年の頃、百周年を迎えていた。

真っ暗な倉庫には、
見たこともない昔の道具や衣類、
食器や調理器具が並んでいた。

寒い冬には、
湯たんぽで暖をとっていた。

庭には手押しの井戸ポンプがあり、
洗濯板と盥で洗い物をしていた記憶がある。

当時は気にもしていなかった。

けれど今思えば、
あの場所にあったものの多くは、
ずっと前の時代から使われていたものだったのかもしれない。

それを、当たり前のように使っていた。

嫌な記憶もある。

けれど、
それだけではなかった気もする。

あの頃使っていた器のことを、
どこかで忘れきれずにいた。

今思うと、
ああいう一つ一つの作業が好きだった。

選んで、使って、洗って、拭いて、しまう。

面倒なはずなのに、
なぜか嫌いじゃなかった。

大人になってからは、
しばらく思い出すこともなかった。

けれど、
磁器に描かれた藍色の絵や紋様に、
なぜか惹かれている自分がいた。

あんま堂に通っていた頃、
そこでお世話になっていた先生の家で、
ある一冊の本に出会った。

『しなのの陶磁器』。

ページをめくるうちに、
ふと手が止まった。

見覚えのある器が、そこに載っていた。

先生の家で使っていたあたり鉢と、
まったく同じ形だった。

「これ、同じじゃないですか」

そう言うと、
しばらくその話で盛り上がった。

特別なものだとは思っていなかった。

けれど、その瞬間から、
少しだけ見え方が変わった。

あの頃の自分が、
ふと重なった気がした。

——もしかして、
こういうものが、まだどこかに残っているのかもしれない。

そう思ったことが、
すべての始まりだった。

第一話|出会いは、突然だった①

この続きから、実際の出会いが始まります。

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