【御開帳と善光寺焼シリーズ|本編】
善光寺御開帳の年、
“本物”と出会った記録。
※このシリーズは順番に読むと、より伝わります。
▶︎はじめに|すべては一冊の本から始まった
▶ 第一話|出会いは、突然だった①
▶ 第二話|本物と出会う時間②
▶ 第三話|余韻の中で見えたもの③
▶ 第四話|暮らしの中で使うということ④
▶ 第五話|帰路に繋がったもの⑤(この記事)
▶ 善光寺焼とは何か|名前だけが残った焼き物
▶ 善光寺焼はどこから来たのか|出会いの流れを整理する
▶ シリーズ一覧を見る
※善光寺焼を探していた頃の話です。
結局、
何が残ったのか。
器なのか、
記憶なのか。
それとも——
もっと別のものだったのか。
あの頃、
何を探していたのかは、
自分でもよく分かっていなかった。
善光寺焼をきっかけに、
いくつかの場所を巡り、
いくつかの人と出会った。
そったく堂。
豊野の店。
そして、
日々の暮らし。
振り返ると、
探していたのは、
器そのものではなかった気がする。
人とのやり取りや、
手に取った時の感触。
暮らしの中で使う時間。
そういうものの中に、
どこか懐かしさのようなものを感じていた。
うまく言葉にはできないが、
あの時の違和感は、今でも消えていない。
どこか、
自分の中に戻っていくような感覚だった。
気づけば、
手元にはいくつかの器が残っていた。

派手なものではない。
けれど、
どれも理由があって残ったものだった。
あの場所で出会ったもの。
あの人から受け取ったもの。
自分で選んだもの。
それらが、
今の暮らしの中に、静かに残っている。
遠回りしてきた自分が、
ようやく手に入れたものは、
特別な何かではなかったのかもしれない。
ただ、
暮らしの中に置けるものだった。
そして、
それを使い続けていくことが、
これからの時間になるのだと思う。
遠回りは、帰るための道だった。
善光寺焼の魅力は、
きっと、これからも分かりきることはない。


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