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第四話|暮らしの中で使うということ④

善光寺焼の器を食卓で使っている様子 御開帳と善光寺焼シリーズ

【御開帳と善光寺焼シリーズ|本編】

善光寺御開帳の年、
“本物”と出会った記録。

※このシリーズは順番に読むと、より伝わります。

▶︎はじめに|すべては一冊の本から始まった
▶ 第一話|出会いは、突然だった①
▶ 第二話|本物と出会う時間②
▶ 第三話|余韻の中で見えたもの③
▶ 第四話|暮らしの中で使うということ④(この記事)
▶ 第五話|帰路に繋がったもの⑤
▶ 善光寺焼とは何か|名前だけが残った焼き物
▶ 善光寺焼はどこから来たのか|出会いの流れを整理する
▶ シリーズ一覧を見る

※善光寺焼を探し始めた頃の話です。

気づけば、
その器を使うようになっていた。

特別な日じゃない。

いつもの食卓で、
いつものように使っていた。

それが、
一番しっくりきた。

豊野で出会った器たち。

持ち帰ってから、
しばらく眺めていた。

お土産にいただいた、
赤羽焼の手あぶり。

正直、
使う場所が思い浮かばなかった。

どこで使うんだろう、と考えて——
ふと、笑ってしまった。

今の暮らしには、
置く場所がない。

それでも、
手放そうとは思わなかった。

しばらくして、
ひとつ思いついた。

蚊取り線香の受けに、使っている。

赤羽焼の手あぶり。
本来の役目を離れて、今は別の役割を持っている。

蚊取り線香の受けに、使っている。

赤羽焼の手あぶり。
本来の役目を離れて、今は別の役割を持っている。

それでも、
今の暮らしの中で、
ちゃんと役に立っている。

善光寺焼の器も、
同じように使っている。

善光寺焼の器を、日常の中で使う。

特別なものとして飾るのではなく、
日常の中で使う。

それは、
少しだけ気を使う時間でもあり、
少しだけ豊かになる時間でもあった。

寺本さんの言葉を、
思い出す。

暮らしの中に、
自然とあるもの。

今の暮らしに合わせて、
使い方を考えてみる。

使い方を考えた瞬間、
暮らしより先に、妄想が走り出す。

本物は、使ってこそ分かる。

そのズレが、
可笑しくて、たまらなかった。

第三話|余韻の中で見えたもの③

第五話|帰路に繋がったもの⑤

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