【御開帳と善光寺焼シリーズ|本編】
善光寺御開帳の年、
“本物”と出会った記録。
※このシリーズは順番に読むと、より伝わります。
▶︎はじめに|すべては一冊の本から始まった
▶ 第一話|出会いは、突然だった①
▶ 第二話|本物と出会う時間②
▶ 第三話|余韻の中で見えたもの③(この記事)
▶ 第四話|暮らしの中で使うということ④
▶ 第五話|帰路に繋がったもの⑤
▶ 善光寺焼とは何か|名前だけが残った焼き物
▶ 善光寺焼はどこから来たのか|出会いの流れを整理する
▶ シリーズ一覧を見る
※善光寺焼を探し始めた頃の話です。
帰ってからも、
あの器のことが頭から離れなかった。
手に取ったときの感触。
見たときの違和感。
あれは何だったのか。
気づけば、
また探していた。
寺本表具店・美豊堂美術。

派手さはない。
けれど、
そこにあるものは、どれも落ち着いて見えた。
骨董品で埋め尽くされたその建物は、
一見すると静かだが、
不思議と目を引く。
地味なものばかりのはずなのに、
なぜか、この場所だけは派手に見えた。
店の中に入ると、
そこには時間が積み重なった空間が広がっていた。

その空間の中で、
人と出会う。

迎えてくれたのは、
店主の寺本國男さん。
体調を崩しており、
近く入院する予定だと話してくれた。
それでも、
目の前のものひとつひとつを丁寧に説明してくれる。話の中で、
こう教えてくれた。
善光寺焼は、
長野市吉田にあった横文から仕入れたものだと。
その言葉で、
それまでの点と点が、
少しずつ繋がっていくような気がした。
徳利・皿・盃・香炉を見せてもらった。
その中には、『しなのの陶磁器』に載っている盃と同じ絵柄の徳利が、中央に写っていた。
本の中のものと、目の前の現物が繋がった瞬間だった。
徳利と香炉は預かり物で、
コレクターの方から引き継いだものらしい。
あの違和感は、間違いじゃなかった。
「これを見てくれないか」
そんな相談が、今でもあるという。
「また、こういうのは出てくると思いますよ」
そう言って、静かに笑った。
さらに、こんな話もしてくれた。
今の家は、
表具や器を楽しむ“場所”が少ないでしょう、と。
土間や畳、床の間。
そういう空間があったからこそ、
掛軸や器が活きていた。
時代に合わせて、
額に入れたりと工夫はしてきたが、
本来は、
暮らしの中に自然とあるものだったと。
毎日の生活の中に、
好きなものがあり、
それに癒される。
そういう時間が、
確かにあったのだと。
その話を聞きながら、
目の前にある器の見え方が、
少し変わった気がした。
その中から、
皿と盃を譲っていただいた。

あの空間で出会ったものが、今ここにある。
さらに、
長野県辰野町の赤羽焼の手あぶりもいただいた。
この手あぶりは、
その後、思いがけない使い方をすることになる。
「西野さんみたいなのは珍しい」
そう言って、笑ってくれた。
「またいつでも遊びにおいで」
その言葉に甘えて、
何度か足を運ぶようになった。
息子を連れて行ったこともある。
ヤクルトやお菓子をもらったり、
店に飾ってあった信楽のカエルを
分けてくれたこともあった。
それは、
売るための場所というよりも、
人と人が繋がる場所だった。
ここで出会ったものは、
器だけじゃなかった。
地味なものばかりが並ぶこの場所が、
なぜか派手に見えた理由。
それはきっと、
物の奥にある時間や、
人の積み重ねが見えていたからだと思う。


コメント