※善光寺焼を探していた頃の話です。
豊野で出会った器たち。
持ち帰ってから、
しばらく眺めていた。
お土産にいただいた、
赤羽焼の手あぶり。
赤羽焼については、
これから少しずつ調べてみようと思っている。
まだ知らないことの方が、多い。
正直、
使う場所が思い浮かばなかった。
どこで使うんだろう、と考えて——
ふと、笑ってしまった。
今の暮らしには、
置く場所がない。
それでも、
手放そうとは思わなかった。
しばらくして、
ひとつ思いついた。
蚊取り線香の受けに、使っている。

本来の役目を離れて、今は別の役割を持っている。
本来の使い方ではないのかもしれない。
それでも、
今の暮らしの中で、
ちゃんと役に立っている。
善光寺焼の器も、
同じように使っている。

特別なものとして飾るのではなく、
日常の中で使う。
それは、
少しだけ気を使う時間でもあり、
少しだけ豊かになる時間でもあった。
寺本さんの言葉を、
思い出す。
暮らしの中に、
自然とあるもの。
それが、
本来の姿なのかもしれない。
今の暮らしに合わせて、
使い方を考えてみる。
使い方を考えた瞬間、
暮らしより先に、妄想が走り出す。
そのズレが、
可笑しくて、たまらなかった。


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