※この話は、善光寺焼きを探し始めたきっかけです。
寺本表具店・美豊堂美術。

派手さはない。
けれど、
そこにあるものは、どれも落ち着いて見えた。
骨董品で埋め尽くされたその建物は、
一見すると静かだが、
不思議と目を引く。
地味なものばかりのはずなのに、
なぜか、この場所だけは派手に見えた。
店の中に入ると、
そこには時間が積み重なった空間が広がっていた。

その空間の中で、
人と出会う。

迎えてくれたのは、
店主の寺本國男さん。
体調を崩しており、
近く入院する予定だと話してくれた。
それでも、
目の前のものひとつひとつを丁寧に説明してくれる。話の中で、
こう教えてくれた。
善光寺焼は、
長野市吉田にあった横文から仕入れたものだと。
その言葉で、
それまでの点と点が、
少しずつ繋がっていくような気がした。
徳利・皿・盃・香炉を見せてもらった。
その中には、『しなのの陶磁器』に載っている盃と同じ絵柄の徳利が、中央に写っていた。
本の中のものと、目の前の現物が繋がった瞬間だった。
徳利と香炉は預かり物で、
コレクターの方から引き継いだものらしい。
「これを見てくれないか」
そんな相談が、今でもあるという。
「また、こういうのは出てくると思いますよ」
そう言って、静かに笑った。
さらに、こんな話もしてくれた。
今の家は、
表具や器を楽しむ“場所”が少ないでしょう、と。
土間や畳、床の間。
そういう空間があったからこそ、
掛軸や器が活きていた。
時代に合わせて、
額に入れたりと工夫はしてきたが、
本来は、
暮らしの中に自然とあるものだったと。
毎日の生活の中に、
好きなものがあり、
それに癒される。
そういう時間が、
確かにあったのだと。
その話を聞きながら、
目の前にある器の見え方が、
少し変わった気がした。
その中から、
皿と盃を譲っていただいた。

あの空間で出会ったものが、今ここにある。
さらに、
長野県辰野町の赤羽焼の手あぶりもいただいた。
この手あぶりは、
その後、思いがけない使い方をすることになる。
「西野さんみたいなのは珍しい」
そう言って、笑ってくれた。
「またいつでも遊びにおいで」
その言葉に甘えて、
何度か足を運ぶようになった。
息子を連れて行ったこともある。
ヤクルトやお菓子をもらったり、
店に飾ってあった信楽のカエルを
分けてくれたこともあった。
それは、
売るための場所というよりも、
人と人が繋がる場所だった。
ここで出会ったものは、
器だけじゃなかった。
地味なものばかりが並ぶこの場所が、
なぜか派手に見えた理由。
それはきっと、
物の奥にある時間や、
人の積み重ねが見えていたからだと思う。


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