※この話は、善光寺焼きを探し始めたきっかけです。
幼い頃、施設で過ごしていた。
生活のほとんどは、
寄付や支援で成り立っていた。
着るものも、食べるものも、
使う食器や道具、ノートや鉛筆まで、
暮らしに必要なもののほとんどがそうだった。
それが当たり前だった。
食事の時間になると、
「配膳当番」が順番で回ってくる。
先輩が席につく順に、
磁器の茶碗にごはんをよそい、
漆塗りのお椀に味噌汁をよそい、
大皿や小皿を並べていく。
形もさまざまだった。
八角形、六角形、五角形――
少し歪んだものばかりだった。
投げつけられることもあった。
喧嘩でひっくり返ることもあった。
割れや欠けで、手や口を切ることもあった。
洗い物の時に聞く、
器同士が擦れ合う音や、
水の中でぶつかる音も覚えている。
欠けた部分で指を切って、
とっさに舐めたこともあった。
先輩たちには、それぞれお気に入りの器があった。
うっかり間違えると、
その場の空気が一気に張りつめた。
子供ながらに、
「これは昔の皿だ」と教えられていた。
でも、特別に大事にされていたわけでもなかった。
小学校に上がる頃、
食器はプラスチックへと変わっていった。
時代の流れとともに、
少しずつ、まわりのものは変わっていった。
それでも、
どうしても手放せなかった。
三枚だけ、こっそり残した。
あの時使っていた、小さな皿だった。
施設は歴史の古い場所だった。
錦華学院。
天皇の馬の名に由来すると聞いたことがある。
小学校五年の頃、百周年を迎えていた。
真っ暗な倉庫には、
見たこともない昔の道具や衣類、
食器や調理器具が並んでいた。
寒い冬には、
湯たんぽで暖をとっていた。
庭には手押しの井戸ポンプがあり、
洗濯板と盥で洗い物をしていた記憶がある。
当時は気にもしていなかった。
けれど今思えば、
あの場所にあったものの多くは、
ずっと前の時代から使われていたものだったのかもしれない。
それを、当たり前のように使っていた。
嫌な記憶もある。
けれど、
それだけではなかった気もする。
あの頃使っていた器のことを、
どこかで忘れきれずにいた。
今思うと、
ああいう一つ一つの作業が好きだった。
選んで、使って、洗って、拭いて、しまう。
面倒なはずなのに、
なぜか嫌いじゃなかった。
大人になってからは、
しばらく思い出すこともなかった。
けれど、
磁器に描かれた藍色の絵や紋様に、
なぜか惹かれている自分がいた。
あんま堂に通っていた頃、
そこでお世話になっていた先生の家で、
ある一冊の本に出会った。
『しなのの陶磁器』。
ページをめくるうちに、
ふと手が止まった。
見覚えのある器が、そこに載っていた。
先生の家で使っていたすり鉢と、
まったく同じ形だった。
「これ、同じじゃないですか」
そう言うと、
しばらくその話で盛り上がった。
特別なものだとは思っていなかった。
けれど、その瞬間から、
少しだけ見え方が変わった。
あの頃の自分が、
ふと重なった気がした。
——もしかして、
こういうものが、まだどこかに残っているのかもしれない。
そう思ったことが、
すべての始まりだった。


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