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【実録|善光寺焼④】暮らしの中で使うということ

雪の積もる夜、赤い光で照らされた善光寺境内と灯籠 実録|善光寺焼

【実録|善光寺焼④】

この実録は、
善光寺焼との出会いの中で起きた出来事を、
時系列でそのまま記録したものです。

意味や流れを整理して読みたい方は
御開帳と善光寺焼シリーズ一覧へ

前回、善光寺門前の陶器店「横文」で器に触れ、
店を出たあとも、その余韻は静かに残っていた。

そして今度は、
持ち帰った器を暮らしの中で使ってみることにした。

器と一緒に持ち帰ったもの

あの日、持ち帰ったのは、
器だけではなかった。

横文の中で感じたもの。

静かに流れていた時間。

そして、その人から聞いた言葉。

それらすべてが、
自分の中に残っていた。

器を裏返してみると、
底には小さな印が残されていた。

善光寺焼の器の底に残る角形の銘印と高台
器の裏に残された、小さな印。

作った人が残したものなのか。

窯や器の由来を示すものなのか。

その意味をすべて理解しているわけではない。

けれど、その小さな印を見ていると、
この器にも、自分の手元へ来るまでの時間があったのだと感じられた。

暮らしの中で使ってみる

実際に、器を使ってみる。

何気ない日常の中で、
その器に触れる。

横文の包装紙を背景に、受け皿に載せて茶を注いだ善光寺焼の器
器は、使って初めて暮らしの中に馴染んでいく。

例えば、朝の一杯。

いつもと同じ茶を、
この器で飲んでみる。

特別なことは、
何もしていない。

それなのに、
いつもより少しだけ丁寧に、
時間を過ごしているような気がした。

重さ。

手触り。

口当たり。

使うたびに、
少しずつ分かってくるものがある。

「こういうのはな、使って初めて分かるんだよ」

横文で聞いたあの言葉が、
ここでようやくつながった。

使うことで見えてくるもの

器は、
飾って眺めているだけでは分からない。

茶を飲む。

飯を盛る。

酒を注ぐ。

暮らしの中で繰り返し使うことで、
少しずつ手に馴染んでいく。

使うことで、
初めて見えてくる価値がある。

それは、
器だけではないのかもしれない。

モノの選び方。

モノとの付き合い方。

そして、
日々の暮らし方。

少しだけ、
自分の中にある基準が変わった。

一つひとつ違う表情

いくつかの器を、
テーブルの上へ並べてみた。

木のテーブルに並べられた五つの善光寺焼の盃
並べてみれば、同じ器にも一つひとつ違う表情がある。

形。

釉薬の色。

土の表情。

手に取ったときの重さ。

同じものは、
一つとしてない。

その違いもまた、
使う楽しみになっていく。

暮らしにつながった出会い

これからは、
ただ「なんとなく」で選ぶのではなく、

ちゃんと見る。

実際に触れる。

そして、
自分の中で納得して選びたい。

あの日の出会いは、
横文を訪れた一日だけで終わったものではなかった。

持ち帰った器を使うたび、
あの場所で感じたことが、
少しずつ暮らしの中へつながっていった。


実録の前回はこちら

【実録|善光寺焼③】余韻の中で見えたもの

この出来事を「本編」として整理した記事はこちら

第四話|暮らしの中で使うということ

実録の続きはこちら

【実録|善光寺焼⑤】帰り道でつながったもの

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