ワールドカップのたびに思い出す
もうすぐワールドカップだ。
この時期になると、
いつも昔を思い出す。
俺は昔、
サッカーをやっていた。
好きで始めた訳じゃない。
施設で育った子供時代。
気が付けばサッカーをやっていた。
そこで生きていくために覚えたようなものだった。
けれど、
気付けば好きになっていた。
施設の仲間たちとは、
毎日のようにサッカーをやっていた。
ただボールを蹴るだけじゃない。
いろんな物を賭けてPK戦や試合をやった。
おやつだったり。
小遣いだったり。
負けた方が言うことを聞く約束だったり。
今思えば、
たいした物じゃない。
けれど、
あの頃の俺たちにとっては宝物だった。
負けたくなかったんじゃない。
生きていくのに必死だった。
毎日が競争だった。
毎日が勝負だった。
先輩もいた。
後輩もいた。
喧嘩もした。
笑いもした。
泣きもした。
だからPK一本ですら本気だった。
今思えば、
あれが俺のサッカーの原点だった気がする。
⸻
小学校も中学校も、
サッカーばかりやっていた。
同じクラスだった友達の家は電気屋だった。
中学の頃だったと思う。
ワールドカップの試合を、
VHSのビデオに録画してもらった。
しかも全試合だ。
今思えばとんでもない量だった。
当時の俺には、
それを観る環境すらまともになかった。
施設には100人以上の子供がいた。
テレビは一台しかなかった。
だからワールドカップは特別だった。
好きな番組を好きな時間に観る生活なんてなかった。
だからテレビを見るという習慣そのものが薄かった。
それでも、
遊びから帰ってきた夜。
やることがない日。
ぼんやりする時間。
そんな時に何度もビデオを観た。
中古で買ったビデオデッキだった。
施設を出て、
テレビを見る生活にも慣れていなかった。
それでも、
ワールドカップだけは別だった。
何度も。
何度も。
擦り切れるほど観た。
⸻
今でも忘れない。
1990年。
イタリアワールドカップ。
開幕戦。
前回王者アルゼンチンが、
カメルーンに敗れた。
世界中が驚いた。
あれは衝撃だった。
施設のみんなも大騒ぎだった。
カメルーンが勝った。
しかも退場者を出しながら勝った。
得点を決めたオマン=ビイク。
そして途中から出てきたロジェ・ミラ。
当時の俺たちは、
すっかりカメルーンのファンになっていた。
真似もした。
騒ぎもした。
ロジェ・ミラの真似をして、
みんなで笑っていた。
マラドーナよりも。
王者アルゼンチンよりも。
俺たちの目には、
カメルーンの方が格好良く映った。
施設で育った俺たちには、
そっちの方が夢があった。
何も持たないように見えたチームが、
世界王者を倒した。
何も持っていない人間でも、
世界を驚かせることができる。
あの夜、
俺たちはそんなことを教わった気がする。
当時の俺は、
ただ試合を見ていた訳じゃない。
アフリカの選手。
南米の選手。
貧しい環境から這い上がった選手。
そんな話に夢中だった。
自分も施設育ちだったからかもしれない。
何も持っていないところから、
世界へ挑む人たちが好きだった。
だからサッカーが好きだった。
技術だけじゃない。
人生が見えたからだ。
⸻
そして1997年。
ジョホールバルの歓喜。
あの日も忘れられない。
延長戦。
岡野雅行のVゴール。
日本中が叫んだ。
俺も叫んだ。
その頃の俺は小布施にいた。
施設時代からの仲間や先輩たちと、
狭い寮で酒を飲みながら試合を見ていた。
プレハブみたいな建物だった。
今思えば決して恵まれた環境じゃない。
それでも楽しかった。
本当に楽しかった。
施設の仲間と見た試合。
弟と見に行った試合。
トヨタカップ。
テレビ越しの歓声。
スタジアムの熱気。
全部今でも覚えている。
そういえば、
新潟にワールドカップトロフィーが来た時も見に行った。
当時付き合っていた彼女と一緒だった。
朝日新聞の企画で、
自分の写真が入った記念新聞を作ってもらった。
嬉しかった。
今思えば子供みたいだけれど、
それくらいワールドカップが好きだった。
けれど、
その新聞は後になって彼女に破かれた。
理由はもう覚えていない。
ただ、
ワールドカップを思い出すと、
そんなことまで思い出す。
試合だけじゃない。
その時一緒にいた人も、
人生の一部として残っている。
⸻
長野へ来てからも、
サッカーとの縁は続いた。
サッカー好きの仲間ができた。
一緒にゲームセンターへ行って、
WCCFというサッカーカードゲームに夢中になった。
カードを集めて。
トレードして。
売って。
また買って。
元を取りながら遊べた時代だった。
今思えば、
あれもサッカー仲間との大切な時間だった。
そして、
長野で出会った20人近い仲間たちと曲も作った。
「N.A.G.A.N.O The 長野」
長野への思いを込めて作った曲だった。
ありがたいことに、
パルセイロの応援歌として、
スタジアムで流していただいたこともある。
施設でボールを追いかけていた子供が、
まさか長野で仲間と曲を作り、
スタジアムで流れる日が来るとは思わなかった。
人生は本当に分からない。
⸻
そういえば、
長男も4歳の頃からサッカーをやっていた。
須坂のチームに入った。
妻が送り迎えをしてくれて、
俺も仕事帰りに練習を見に行った。
ボールを追いかける姿を見るのは嬉しかった。
自分もそうだったからだ。
けれど、
一年半ほど経った頃だった。
「作るのが好きだから。」
そう言って辞めた。
少し驚いた。
けれど、
それでいいと思った。
サッカーは好きになってほしいとは思う。
でも、
サッカーをやらせたい訳じゃない。
好きなことを見つけてほしい。
好きな道を歩いてほしい。
俺はサッカーを選んだ。
息子は違う道を選んだ。
それだけの話だ。
⸻
だからワールドカップになると、
代表選考も気になる。
それだけ期待しているからだ。
俺は昔から思っている。
功績を称えることと、
ワールドカップで勝つことは別問題だ。
世界一を決める場所なら、
今一番戦える選手を選んでほしい。
それが俺の考えだ。
けれど、
それ以上に思うことがある。
何も持たない人間が、
世界を驚かせる瞬間が好きだ。
いつか見てろ。
ガキの頃から、
ずっとそう思って生きてきた。
施設で育った子供も。
プレハブで暮らしていた若造も。
何も持っていなかった俺も。
いつか見てろ。
いつか見てろ。
絶対やってやる。
そう思って生きてきた。
だから今でも、
ワールドカップになると胸が熱くなる。
1990年のカメルーンを見ていた少年も。
ジョホールバルで叫んでいた若造も。
今、小布施で暮らしている俺も。
きっとまたテレビの前で叫ぶ。
頑張れ日本。
ワールドカップだからだ。
そして、
あの頃の自分が今もサッカーを好きだからだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こうした何気ない一日を、
これからも記録として残していきます。
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少しずつ繋がっていった記録です。
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