しばらく家族みんな、
思うように外へ出られない日が続いていた。
熱が下がったと思えば、
夜にはまた上がる。
「明日は行けるかな」
そんな話をしながら、
何度か見送った。
行こうと思っては、やめる。
また今度にしよう。
そんな日が続いて、
ようやく少し落ち着いた日。
穣が言った。
「行こうよ。どこでもいいからさ」
「電車でもいいしさ〜、歩いてもいいし、車でもいいからさ〜」
織も続く。
「しーちゃんは電車乗りたい」
藍は、
「藍ちゃんはママと一緒」
と言ったと思ったら、
「みんなと一緒。みんなで一緒に行く」
そして一人で、
「えい、えい、おー!」
張り切っている。
どこへ行きたいか聞いても、
結局のところ、みんなで出かけられればいいらしい。
だったら今日は、
俺が行き先を決めるのをやめてみよう。
どこへ連れて行くかじゃない。
今日は、
子どもについていってみる。
それだけで家を出た。
────────────────
小布施駅に着いても、
まだ行き先は決まっていなかった。
駅前には、
以前子どもたちと巡った
の第一話、
「狐どんの道案内」もある。
あの日は、
ここから小布施の町を歩き始めた。
今日は、
ここから電車に乗る。
同じ駅なのに、
今日は始まり方が違う。
「長野に行くか、湯田中に行くか、どっち?」
長野になった。
理由なんて、
たぶんそんなにない。
長野になったから、
長野へ行く。
電車に乗れば、
穣は大きな窓の前へ。
そこが特等席らしい。

流れていく景色を見ながら、
長野まで行く。
長野駅に着いて、
中央通りを歩き始めた。
善光寺へ行くとも決めていない。
「このまま行ったら、善光寺まで行っちゃうぞ」
誰も気にしていない。
だったら、まあいいか。
そのまま歩いた。
────────────────
中央通りでは、
ラーメン博をやっていた。
それを見た穣が、
前にニュースで見た
「冷やしカニラーメン」
のことを思い出したらしい。
こういうことは、
よく覚えている。
ラーメン博には寄らず、
話をしながらそのまま歩く。
少し行くと、
見覚えのある場所があった。
「横文」。
以前、
善光寺焼を追いかけていた時に訪ねた場所だ。
あの時は、
ここへ来ること自体が目的だった。
今日は違う。
家族と一緒に歩きながら、
「ああ、ここだったな」
というくらいで、
そのまま前を通り過ぎた。
前は目的地だった場所が、
今日は通り道になっている。
同じ中央通りなのに、
歩いている理由が違うだけで、
ずいぶん違って見える。
────────────────
その先には、
酒饅頭の店がある。
店があるのは知っていた。
歩いている途中で、
藍が、
「お腹減った」
と言い出した。
そりゃ腹も減るか。
まだ歩くだろうし、
ちょうどいい。
500円を藍に渡した。
「じゃあ、まんじゅう買ってこい」
1個200円。
2個買ってきた。

一つは藍。
もう一つは穣。
二人とも、
歩きながら食べている。
織は食べない。
その少し先で、
今度は織が足を止めた。
「文具博物館」のショーウインドー。
「あれ何?」
「これ何?」
織が止まる。
俺なら、
たぶんそのまま通り過ぎている。
でも子どもが止まると、
こっちも止まる。
そこへ穣がやってきた。
今度は藍も寄ってくる。
一人だったのが二人になって、
気づけば三人。
三人そろって、
ガラスの向こうを覗き込んでいた。

そのうち織に、
「腹減んねえの?」
と聞いた。
すると織は、
前に来た時のことを覚えていた。
このまま進めば、
善光寺にすみっコぐらしのお店がある。
そこで食べるつもりらしい。
なるほど。
そういうことか。
前に来た場所を、
ちゃんと覚えている。
こっちが連れて歩いているつもりでも、
子どもの方が覚えていることもある。
今日は俺が教えるというより、
俺の方が教えてもらっている。
────────────────
そんなふうに歩いていたら、
結局、善光寺まで来ていた。
仲見世まで来ると、
今度はモンチッチハウス。
家族が中を見に入る。
俺は外で待つ。

その隣には、
すみっコぐらし堂。
俺はそこで、
「たぴおかドリンク リンゴミルク」を買った。
一人で飲んでいた。
……はずだった。
ほどなくして、
藍が俺のところへ戻ってきた。
俺のカップを見つけると、
そのまま持っていった(笑)。
まあ、
そうなるわな。
俺は藍と、
その辺で待つことにした。
しばらくすると、
母ちゃんと一緒に穣と織が戻ってきた。
ちゃんと自分たちの分も、
買ってもらったらしい。
穣は、
サイダー味のアイスキャンディー。
織はジェラート。
さっき饅頭を食べなかった理由も、
これで分かった。
ちゃんとここを覚えていて、
食べるつもりだったらしい。

それぞれ好きなものを手に、
また歩き出した。
────────────────
裏へ抜けたところで、
今度は藍がトイレへ。
待っている間、
穣と織は向かいの最勝院薬師如来へ。
誰かが、
「行こう」
と決めたわけじゃない。
目の前にあったから、
ちょっと行ってみる。
今日はずっと、
そんな調子だ。

藍が戻ってきて、
また歩き始める。
すると今度は、
織が足元で何かを見つけた。
「牛がいる」
牛?
言われて見れば、
石畳の中に確かにいる。

そして織は、
みんなに教えている。
「シーちゃん見つけたんだよ」
こういうものを見つけた時は、
ちょっと得意そうだ。
俺なら、
きっと足元なんてろくに見ずに、
そのまま通り過ぎていた。
少し歩いて、
日陰のベンチへ。

急ぐ予定もない。
何時までにどこへ行く、
というものもない。
食べ終わったら、
また動けばいい。
そのくらいが、
この日はちょうどよかった。
────────────────
また歩き出す。
今度は、
店先に並んだ石の中に、
白い字で「心」と
書かれた石が目に入った。
「あれ、本物の石かな」
そこで、
足を止めたのは俺だった。
子どもたちも一緒に店先を覗く。
穣は、
猿の置物なんかを見ていた。
そして、
そこで穣が見つけたのは、
「開運招福 金・銀銭亀」。
気に入ったらしい。
母ちゃんに買ってもらった。
ただ、
ここでは長居しない。
少し見たら、
そのまま手水へ。

アイスを食べた子どもたちの手は、
まだベタベタだった。
「ちょうどいいな」
手もきれいになる。
ついでみたいな言い方だけど、
ちゃんと手を清めて、
本堂へ向かった。
────────────────
本堂前で、
家族の写真を撮った。

ここまで来る予定なんて、
家を出た時にはなかった。
それなのに、
家族5人で善光寺の本堂前に立っている。
今日は本当に、
どこへ行くのか分からない。
それから線香をあげようと並んでいると、
後ろから警備の人たちがやってきた。
「3列になってください」
「前の方はしゃがんで」
何だろう。
周りも少しざわついている。
振り返ると、
その後ろからお坊さんたちがやってきた。
すると、
その前にいる人たちが、
ザーッ。
ザーッ。
後ろからこっちへ向かって、
順番に低くなっていく。
本当に、
人の波みたいだった。
まるでウェーブ。

一番前にいた穣は、
言われた通りに両膝をついた。
低い。
いや、
低すぎる(笑)。

「そんなに低くしなくていいよ」
そんな感じで声を掛けられ、
周りと同じように頭を下げる。
何が始まるのか、
俺たちにはまだよく分かっていなかった。
お坊さんが近づいてくる。
そして、
手にしたお数珠で、
一人ずつ頭を撫でていく。
俺たちのところにも来た。

あとで知ったが、
これは「お数珠頂戴」というものだった。
予定して来たわけでも、
時間を合わせたわけでもない。
たまたま、
そこに並んでいただけ。
終わったあと、
穣はしばらく自分の頭を押さえていた。
「やべえ、神様に触ってもらった」
かなり興奮している。
「なんかこう、スッと来てさ、触ったんだ」
本人にしてみれば、
お坊さんとか、
お数珠とか、
そんな説明より、
「神様に触ってもらった」
それが一番しっくり来たんだろう。
穣にとっては、
それくらい特別な出来事だったらしい。
────────────────
思いがけない出来事が終わって、
ようやく線香。
周りの人が、
煙を自分の方へ寄せている。
それを見て、
子どもたちも真似する。
俺も真似する。
こういう時は、
だいたい周りを見ながら覚える。
本堂へ入ると、
びんずる尊者のところへ。
近くにいた人が、
「これ、前に盗まれたびんずる様だぞ」
と話しているのが聞こえた。
俺が子どもたちに教えたわけじゃない。
たまたま耳に入ってきた言葉だ。
びんずる尊者は、
自分の身体の悪いところと
同じ場所を撫でるとよいとされている。
さて。
どこを撫でる。
俺は頭。
腰。
腕。
手。
一か所じゃ済まない。
撫でたいところが多かった。
こんな時まで、
今の自分の身体が出てくる。
ひと通り撫でて、
手を合わせた。
閻魔大王のところにも寄る。
お戒壇巡りは、
かなりの列だった。
「また今度な。お前ら怖くて入れねえぞ」
今回はやめた。
また今度。
そう言えるくらいでいい。
────────────────
「さあ、戻ろう」
今度こそ駅へ。
……と思った。
仲見世で、
穣が唐辛子ビールを見つける。
「お父さん、ビール飲みな」

いや、
お前が勧めるんかい。
じゃあ一本だけ。
外で飲んでいると、
今度はトイレへ行きたくなった。
店の中で借りる。
すると、
目の前に試飲コーナーがあった。
そこにあったのが、
豊賀。
見つけてしまった。
「じゃあ、飲んでみるか」
唐辛子ビールのあとに、
豊賀を一杯。
ここからだった。
俺の酒が始まったのは(笑)。
駅へ戻るはずだったんだけどな。
その店では、
長野県歌「信濃の国」が書かれた暖簾も見つけた。
これも欲しくなった。
買った。

子どもだけじゃない。
俺も、
見つければ止まる。
────────────────
そのころ、
織も外で何かを見つけていた。
「宇宙のお守り」
宇宙。
その言葉だけで、
もう強い。
織が穣に教える。
「マジで? 宇宙のお守りってすげえ!」
食いついた。
三人で善光寺釈迦堂へ向かい、
「さっき神様にも触ってもらったし、宇宙のお守りください」
勝手に頼んでいた(笑)。
話が全部つながっているらしい。
払ったのは母ちゃん。
その横で見ていた俺も、
今度はお札を見つけた。
欲しくなった。
こちらも母ちゃんに買ってもらった。

子どもについてきたはずなのに、
気づけば俺も、
同じように見つけて、
同じように欲しくなっている。
どっちが子どもについてきたのか、
もう分からない。
────────────────
中央通りを戻る。
今度こそ帰る方向へ。
自衛隊の展示に足を止めたり、
FMぜんこうじの窓を覗いたりしながら歩く。
でも、
やっぱり真っすぐには帰らない。
寿司屋の前まで来ると、
看板を見た藍が言った。
「いくら食べたい」
さっきアイス食ってたよな。
とは思う。
でも食べたいらしい。
「じゃあ、入るか」
穣はマグロ。
織と藍はいくら。
ところが、
最初の寿司にはわさびが入っていた。
「辛い!」
口を開けたと思ったら、
ボロボロこぼれる。
何事かと思って、
そこで気づいた。
「わさび入ってるわ」
ところが穣は、
「俺、全然食べれる」
と平気な顔。
お前、
そこは平気なんだ。
織と藍は、
わさび抜きで頼み直す。
いくらを4貫ずつ。
ちゃんと食べた。
俺は巻物を少しつまみながら、
ハイボール。
帰る方向には、
一応進んでいる。
たぶん。

────────────────
次は、
知り合いの店KEF。
「寄ろう」
と言い出したのは穣だった。
ここも覚えている。
以前ここで買った帽子と小銭入れを、
こいつはどこかになくしている。
バッグだけは残っている。

だから店に入る前に言った。
「お前にはもう買わねえよ」
これは言った。
確かに言った。
……言ったんだけど。
店に入れば、
また気に入った服を見つける。
「これ、かっこいいじゃん」
見せてくる。
まあ、
確かにかっこいい。
結局、
買った。
何のために最初に言ったんだ(笑)。
母ちゃんにも、
ロングTシャツを一枚。
店の人とは昔からの知り合いで、
以前、
シルクスクリーンのプリントをお願いしたこともある。
そんな昔の話をしていたら、
今、手元にあるデザインも、
またプリントできないか。
気づけば、
そんな相談までしていた。
子どもについて歩いてきた一日なのに、
ここでは俺の昔まで出てきた。
町を歩いていると、
こういうことがある。
────────────────
二線路通りを駅前に向かって歩いた。
織と藍の姉妹は、
母ちゃんを連れてC-oneビルに入っていった。
そんな頃、
宝くじ売り場の前で穣が聞いた。
「これ何?」
今度はそこか。
「スクラッチ。くじでお金が当たるやつ」
番号を選ぶのと、
今ここでこするのと、
どっちがいい?
「こする方」
即答。

200円のスクラッチを5枚。
1,000円。
さて。
何か当たるか。
結果。
全部ハズレ。
一枚くらい
何かあるかと思ったけど、
きれいに全部ハズレ。
1,000円分の夢は、
あっという間に終わった(笑)。
でも穣は、
初めてのスクラッチを知った。
まあ、
それでいいか。
────────────────
みんな揃ったところで、
「そろそろ帰るか?」
すると兄妹そろって、
「絶対に嫌だ!!」
……まだ終わらないらしい。
そこから、
また始まる。
俺はコンビニで、
ハイボールをひとつ。
行き先は、
また子ども任せ。
珍道中は続く。
どこをどう歩いたのか。
正直、
全部覚えているわけじゃない。
でも、
この日はそれでいい。
何時に何をして、
次にどこへ行ったか。
全部きれいに覚えていなくてもいい。

────────────────
結局、
飲んで、
食べて、
寄り道して。
なんだかんだで、
権堂まで歩いてきた。
俺はすっかりいい気分。
子どもたちも、
なんだかんだよく歩いた。
帰りは権堂駅から電車に乗る。
ようやく電車。
ずいぶん歩いた。
食べた。
飲んだ。
あっちへ行って、
こっちへ行って。
座ったら、
俺と藍は寝てしまったらしい。
「起きて」
家族に起こされて降りる。
着いた。
……と思ったら、
須坂だった。

小布施じゃない。
須坂止まり。
最後まで、
すんなり帰らせてはくれないらしい。
そこから小布施まではタクシー。
ようやく家へ帰った。
今度こそ着いた。
────────────────
これで一日終了。
ではなかった。
「お腹減った」
まだ食うのか。
今度は車に乗り換えて、
ラーメン屋へ。

母ちゃんと子どもたちはラーメン。
俺はというと、
ラーメン屋まで来て、
ラーメンを頼まない。
ほうれん草バターをつまみに、
ハイボール。
今日、
何杯目なんだろう。
食べ終わって、
今度こそ本当に帰宅した。
もう出ない。
子どもたちは、
すぐにバタンキュー。
母ちゃんも一緒に寝た。
俺も一日歩いて、
もう限界だった。
最後は俺も、
いつの間にか寝ていた。
────────────────
行き先を決めずに家を出た。
振り返ってみれば、
今日は俺が家族を
どこかへ連れて行ったわけじゃない。
子どもたちが見つけたものを見て、
覚えていた場所についていって、
「あれ何?」
「これ何?」
と聞く横に立って、
気づけば俺も、
一緒になって遊んでいた。
親だからといって、
いつも俺が何かを教えるわけじゃない。
前に来た場所を、
子どもの方が覚えていることもある。
俺なら通り過ぎていたものを、
子どもが見つけることもある。
「牛がいる」
と言われなければ、
俺は石畳の牛なんて見つけなかったかもしれない。
文具博物館だって、
一人だったら通り過ぎていたと思う。
少し離れて見ている時もあれば、
「何を見つけたんだ」
と思って、
一緒になって覗き込んでいる時もあった。
今日は、
そんな一日だった。
────────────────
今は、
俺自身の体のこともある。
腰や手足にしびれや痛みがあって、
この日も決して、
調子が良かったわけじゃない。
子どもたちも体調を崩していた。
仕事も思うようにはいかず、
家族を好きなところへ連れて行って、
好きなものを食べさせてやれるような余裕もない。
妻には、
ずいぶん迷惑をかけていると思う。
この日だって、
結局いろいろ払ってもらっていた。
本当なら、
俺が出してやりたい。
好きなものくらい、
何も考えず食わせてやりたい。
そう思うから、
申し訳ねえな、
と思う。
それは本当に思う。
でも一方で。
行き先を決めず、
子どもについて歩いて、
子どもが見つけたものの前で止まって、
一緒に覗き込んで、
笑って、
食べて、
最後は電車で寝て。
これはこれで、
良かったのかもしれないな、
とも思う。
大したことをしてやれた一日ではない。
どこか特別な場所へ、
俺が連れて行ったわけでもない。
それでも、
家族5人で家を出て、
一日歩いて、
ちゃんと家へ帰ってきた。
申し訳ない。
でも、
良かった。
たぶん今の俺には、
その二つが、
どっちも本当なんだと思う。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
この「みちしるべ」には、
家族と歩いた日や、
子どもたちと過ごした時間も残しています。
ひとつひとつは、
何気ない一日でも、
振り返れば、
ちゃんと足跡になっている。
よかったら、
次の足跡も覗いていってください。
▶︎ 息子の茶碗が割れた日


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