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若い頃の自分に、今なら言えること

ぶどう畑の道を歩いていく子どもと犬の後ろ姿 生き直し

若い頃の自分に、
今なら言えることがある。

そんなに、
急いで強くならなくていい。

誰かに勝たなくても、
ちゃんと生きていける。

居場所は、
奪うものじゃなく、
少しずつ出来ていくものだった。

先輩神様が絶対の上下関係。

命令には逆らえず、
言われた通りに動くしかなかった。

そこで覚えたのは、
弱肉強食だった。

強く見せなければ、
飲み込まれる。

黙っていなければ、
標的になる。

そんな場所で、
必死に生きていた。

だから、
強くなるしかないと思っていた。

怒られる前に怒る。

傷つく前に距離を取る。

誰かを信じるより、
一人で居た方が楽だった。

15歳で社会に出て、

中卒。

親なし。

保証人なし。

働ける場所を探しながら、
同時に、
自分の居場所も探していた。

働いて、
怒られて、
辞めて、
喧嘩して、
捕まって、
また働く。

うまくやれる人間じゃなかった。

それでも、
生きるしかなかった。

いや――

生きていくだけで、
精一杯だった。

正直、
今でも「普通」は分からない。

家族団らん。

誕生日。

「おかえり」と言われること。

昔の自分にとって、
そういう景色は、
どこか別世界のものだった。

だから、
街で楽しそうに歩く家族を見るたびに、
少しだけ目を逸らしていたんだと思う。

でも、
気づけば今、
自分にも家族がいる。

妻がいて、
子ども達がいて、
笑い声がある。

子ども達と散歩して、
火を囲んで、
一緒に飯を食う。

昔の自分が見たら、
たぶん驚くと思う。

こんな未来、
想像していなかったからだ。

遠回りばかりだった。

でも、
無駄だったとは思っていない。

今の自分は、
あの頃の自分が、
必死に生きてきた続きだからだ。

そして、
ここまで来られたのは、
自分一人の力じゃない。

携わってくれた人達。

支えてくれた人達。

ぶつかり合った人達。

去っていった人達。

その全部があって、
今の自分がいる。

だから今は、
過去を消したいとは思わない。

うまくやれなかった事も。

傷だらけだった事も。

全部ひっくるめて、
今の自分に繋がっている。

それでも今、
こうして思う。

生きていてよかった。

あの頃の自分が居たから、
今、
家族と笑えている。

もし、
あの頃の自分に、
最後に一つだけ言えるなら――

「大丈夫だ」

そう伝えたい。

ちゃんと、
帰れる場所が出来るから。


歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。

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