昔は、
石の飛んでこない場所を探していた。
怒られない場所。
嫌われない場所。
悪口を言われない場所。
揉めない場所。
そんな場所がどこかにあると思っていた。
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学校へ行けば、
目立つなと言われた。
目立たなければ、
もっと積極的になれと言われた。
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会社へ入れば、
頑張れと言われた。
頑張れば、
調子に乗るなと言われた。
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意見を言えば、
生意気だと言われた。
黙れば、
何を考えているか分からないと言われた。
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真面目にやれば、
堅いと言われる。
ふざければ、
不真面目だと言われる。
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世の中は忙しい。
こっちが右へ行けば、
左へ行けと言う。
左へ行けば、
今度は右へ行けと言う。
たまに思う。
お前はどっちなんだ、と。
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もちろん、
本当に大切な助言もある。
耳を傾けるべき言葉もある。
けれど、
全部を聞いていたら、
最後には自分がいなくなる。
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だから昔の私は、
石の飛ばない場所を探していた。
嫌われないように。
怒られないように。
波風を立てないように。
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でも、
五十年近く生きてきて分かった。
そんな場所は無い。
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好きなことをやっても、
石は飛んでくる。
やらなくても飛んでくる。
頑張っても飛んでくる。
休んでも飛んでくる。
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ブログを書けば、
偉そうだと言われる。
書かなければ、
何も残らない。
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挑戦すれば、
無謀だと言われる。
挑戦しなければ、
人生は一度きりだと言われる。
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転職すれば、
我慢が足りないと言われる。
辞めなければ、
そんな会社早く辞めろと言われる。
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痩せれば、
病気かと言われる。
太れば、
自己管理が出来ていないと言われる。
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結局、
何を選んでも、
誰かは文句を言う。
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だったら。
石の飛ばない場所を探すより、
石が飛んできても歩ける自分になった方が早い。
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もちろん痛い。
嫌なものは嫌だ。
傷つかないわけじゃない。
腹も立つ。
落ち込む。
眠れない夜もある。
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けれど、
飛んでくる石ばかり見ていると、
いつの間にか、
自分がどこへ向かっているのか
分からなくなる。
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大事なのは、
誰に何を言われたかじゃない。
何を目指しているのかだ。
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好きな景色を見たい。
好きな人を大切にしたい。
好きな器を使いたい。
好きな文章を書きたい。
好きな人生を生きたい。
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そのために歩いているのに、
飛んでくる石ばかり気にしていたら、
足元しか見えなくなる。
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石を投げる人は、
たぶんこれからもいる。
昔もいた。
今もいる。
たぶん明日もいる。
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だけど、
石を投げる人の人生を
生きる必要はない。
生きるのは、
自分の人生だ。
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正直、
今でも腹は立つ。
今でも落ち込む。
嫌なものは嫌だ。
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石を投げられて、
平気なふりをするほど、
人間は強くない。
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だから時々、
立ち止まる。
空を見る。
ため息もつく。
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それでも、
また歩く。
最近思う。
人は石を投げられることよりも、
石ころになることの方が怖い。
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あっちで何か言われて転がる。
こっちで何か言われて転がる。
褒められて転がる。
馬鹿にされて転がる。
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自分で考えることをやめ、
他人の言葉で動く。
そんな人生は、
風に吹かれる石ころと変わらない。
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だから、
心の中には一つくらい、
重たい石を持っていたい。
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目的でもいい。
目標でもいい。
夢でもいい。
守りたいものでもいい。
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何でもいいから、
簡単には動かないものを持っていたい。
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風が吹いても。
雨が降っても。
誰かに笑われても。
誰かに否定されても。
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そこにある石のように。
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石を投げ返すから強いんじゃない。
石を抱え込むから強いんじゃない。
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自分の意志を持っているから強い。
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石の飛ばない場所は、
最後まで見つからなかった。
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けれど、
心の中に石を持つことは出来た。
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だから今日も歩く。
飛んでくる石ではなく、
自分の中にある石を見ながら。
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誰かの言葉で転がる石ころではなく、
自分の意志で立つ石でありたいと思う。
なお、本記事は特定の個人や団体を指すものではありません。
また、家族や関係者を含め、誰かを攻撃したり誹謗中傷する目的で書いたものでもありません。
人それぞれに事情や立場があり、見えない部分もあります。
誰かを傷つけるためではなく、自分自身の経験や感じたことを記録として残しています。
歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。
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