昔の自分なら、
たぶん「便利な方がいい」と答えていたと思う。
何でもすぐ手に入るし、
移動も楽だし、選択肢も多い。
昔の自分も、
そういう場所で生きてきた。
でも今は、
小布施という町で暮らしている。
決して便利とは言えない。
欲しいものが、
すぐ手に入るわけでもない。
車がなければ不便だし、
冬は寒い。
雪も降る。
それでも、
この暮らしを選んでいる。
理由はシンプルで、
「ちゃんと生きている感じ」がするからだ。
季節の変化を感じる。
外で過ごす時間が増える。
手を動かすことが増える。
火を起こしたり、
片付けたり、
道具を直したり。
昔なら、
面倒だと思っていたことかもしれない。
でも今は、
そういう時間が嫌いじゃない。
むしろ、
そういう時間の方が、
自分を整えてくれている気がする。
庭にタープを張って、
雁田山を眺めながら過ごす時間。
風の音を聞きながら、
ただ座っている時間。
子ども達の声。
少し冷たい空気。
その全部が、
ちゃんと「暮らしている」感覚に繋がっている。
昔は、
“何をするか”ばかり考えていた気がする。
でも今は、
子ども達と同じ景色を見ながら過ごす時間そのものが、
一番残るものになっている。
子ども達は、
火を見るのが好きだ。
マシュマロを焼いて笑ったり、
花火ではしゃいだり。
時には、
熱さに驚いて、
少し火傷みたいになりながら覚えていく。
危ないから全部遠ざけるより、
ちゃんと知りながら覚えていくことも、
大事なんじゃないかと思っている。
便利さは、
もちろん大事だと思う。
でも、
便利なだけでは埋まらないものもある。
早さより、
残る時間。
効率より、
記憶に残る時間。
そういうものを、
今の暮らしの中で少しずつ取り戻している気がする。
小布施で暮らしていると、
派手なものは少ない。
でも、
静かに残っているものが多い。
人の距離感も、
季節も、
景色も、
暮らし方も。
たぶん自分は、
そういうものに救われてきたんだと思う。
だから今は、
少し不便なくらいが、
ちょうどいい。
歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。
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