昼頃。
ギヤマン通りを歩いて、
国道403号にぶつかる、
仲町の交差点。
その角に、
かんてんぱぱ小布施店がある。
息子の通う小学校の近くだから、
たぶん俺より、
息子の方がこの辺りをよく知っている。
町も。
人も。
⸻
その日、
俺は家にいた。
しびれが強くて、
運転に差し支える感じがあったからだ。
せっかくの土曜日なのに、
どこにも連れて行ってやれない。
だから、
せめて散歩がてら、
蕎麦でも食べに行くかと、
長男を誘った。
⸻
前日の夜更かしのせいか、
珍しく起きてきたのは朝8時頃。
8時半近くに、
妻が姉妹を保育園へ送って、
そのまま仕事へ向かった。
朝食を済ませたあと、
長男は友達と遊びに行き、
昼前に帰ってきた。
ちょうど腹も減っていた。
「蕎麦でも食べに行くか?」
そう聞くと、
「え?また行くの?」
帰ってきたばかりなのに、
また出るのかという顔をされた。
でもその直後、
「ちょうど蕎麦食べたかったんだよな」
と、
少し生意気に返してきた。
じゃあ行くか。
そう言って、
二人で歩き始めた。
⸻
小布施の町を、
ゆっくり歩いていた。
家から、
ギヤマン通りを直進。
街並みを眺めながら、
ただ歩いていた。
暇つぶし、
というより。
たぶん、
“時間を過ごしていた”
んだと思う。
⸻
そして、
かんてんぱぱ小布施店の前を通った時。
中庭の奥にある、
土蔵ギャラリーが目に入った。
なんだろう。
吸い込まれるように、
ふらっと立ち寄った。

静かな庭の中で、偶然開かれていた企画展だった。
⸻
あとでホームページを見たけれど、
今回の企画展は載っていなかった。
臨時だったのか。
急遽だったのか。
たまたま開かれていたのか。
それは分からない。
でも、
あの日、
あの時間に、
たしかに開いていた。
だから入った。

⸻
以前は住宅だったという、
中庭付きの建物。
今は、
オープンガーデンとして整えられ、
静かな空気が流れている。
ウッドデッキには、
パラソル付きの席。
店内で買った物を、
ここでゆっくり食べられるらしい。
そして、
中庭の一角には、
古くから残る土蔵を改修したギャラリー。
小布施らしい、
“静かな寄り道”が残っていた。
⸻
蔵の中には、
飯山仏壇の蒔絵師による作品が並んでいた。
漆を彩ると書いて、
「漆彩 -urusai-」。
“うるさい”
じゃない。
語尾が少し上がる、
やわらかい響きだった。
⸻
長野県飯山市。
1950年(昭和25年)創業。
三代続く、
伝統工芸の蒔絵。
けれど、
古いだけじゃなかった。
今の時代の感覚と、
ちゃんと繋がっていた。
ガラス。
磁器。
木。
そこに、
漆が彩りを添えていた。
いろんな表現が並びながらも、
どこか全部、
“長野”の空気があった。

⸻
特に目を引いたのが、
雷鳥だった。
長野県の県鳥。
天敵から身を隠すため、
年に三回、
羽が生え変わるという。
その姿が、
蒔絵として、
静かに描かれていた。

⸻
三羽並んでいた。
不思議と、
長男の誕生日を思い出した。
3月3日。
そして、
年に三回、
羽が変わる雷鳥。
⸻
なんだろうな。
少しだけ、
自分と重なって見えた。
うまくやれなかった事。
壊れた事。
立ち止まった事。
いろんなものを抱えながら、
それでも、
少しずつ、
生き直してきた。
羽を変えながら、
季節を越えていく雷鳥が。
なんだか、
他人に思えなかった。
⸻
派手じゃない。
でも、
ちゃんと生き残るために、
姿を変えていく。
たぶん、
あの日、
俺が惹かれたのは、
蒔絵の美しさだけじゃなかったんだと思う。
⸻
対応してくださった、
三代目の方も、
とても丁寧に説明してくれた。
静かな方だった。
でも、
作品の話を聞いているうちに、
人柄まで伝わってくるようだった。
押し付ける感じがない。
だけど、
ちゃんと、
手仕事への想いが残っている。
たぶん、
作品って、
最後は人が出るんだと思う。

古い焼き物や古道具は、
作った本人に会えないことが多い。
だからこそ、
実際に作っている人と話し、
手仕事の空気に触れられたことは、
自分の中でかなり大きかった。
⸻
ただ、
その時は腹が減っていた。
だから一度、
ギャラリーを出て、
長男と蕎麦屋へ向かった。
⸻
初めて小布施へ来た頃からある、
昔ながらの蕎麦屋。

30年ぶりだった。
当時、
先輩と来て、
瓶ビールを注ぎ合った店。
店構えも。
店内も。
空気も。
あの頃の記憶と、
重なっていた。
⸻
瓶ビールと、
おでんを注文した。

長男はサイダー。
乾杯。
俺が蕎麦。
長男はうどん。
運ばれてきた蕎麦を見て、
思い出した。

昔、
大盛り頼んで、
腹いっぱいになったこと。
変わってないな。
そう思った。
⸻
目の前では、
長男が、
うどんを高く持ち上げていた。
さっきまで友達と遊んでいたのに、
今は向かいに座って、
一緒に蕎麦を食べている。
なんだろうな。
懐かしいのに、
今なんだよな。
⸻
蕎麦を食べ終えて、
また二人で、
かんてんぱぱへ戻った。
長男はギャラリーより、
外の小川の方が気になっていた。
川辺で、
陶器の破片を拾ってきては、
得意げに見せてくる。

しばらく眺めたあと、
「これ、あの缶に入れる」
と長男が言った。
家には、
小布施で見つけた陶器や磁器の欠片を入れている、
煎餅缶の宝箱がある。
その横で俺は、
もう一度、
蒔絵を見ていた。
⸻
気になっていた。
すごく気になっていた。
この弁当箱に、
何を入れるんだろう。
唐揚げかな。
卵焼きかな。
鮭かな。
焼きたらこかな。
梅干しもいいな。
そんな事を、
ぼんやり考えていた。
⸻
すると長男が、
「焼肉弁当がいい」
と即答した。
しかも、
「デザートに、
ちっちゃいプッチンゼリー入れて」
とも言っていた。
急に現実的だった。
⸻
でも、
なんか分かる。
そういう、
少し特別な弁当。
蓋を開けるのが、
ちょっと楽しみになる弁当箱。
たぶん、
そういう時間ごと、
買ったんだと思う。
⸻
最後に、
妻と俺用に、
二段弁当箱と一段弁当箱を買った。
雷鳥が三羽、
静かに描かれていた。

⸻
古い焼き物も、
そうしてきた。
飾るだけじゃなく、
日常の中で使う。
使って、
傷がついて、
また使う。
その方が、
なんだか、
生きている気がするから。
⸻
小布施を歩いていて、
偶然出会った展示だった。
でも、
こういう出会いって、
たぶん偶然だけじゃない。
歩いていたから、
見つけられたんだと思う。
急がず。
寄り道しながら。
息子と蕎麦を食べながら。
そんな日の途中に、
ちゃんと、
出会いは置いてある。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
小布施の歴史や文化、歩いて見つけた記録を、
これからも少しずつ残していきます。
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歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。
▶ 第一話|出会いは、突然だった①
善光寺焼との出会いも、偶然の寄り道から始まりました。
▶ 小布施と雨と、中島千波館での一日
雨の日に立ち寄った美術館で見えたもの。
▶ 北斎館で感じた“別の波”
作品を見るだけでは終わらなかった、小布施での時間。


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