【 小布施でアートを感じる記録 】
▶ 雨の玄照寺で、静けさを見た日
▶ 本記事|北斎館で感じた、“別の波”
▶ 祭り屋台と、中島千波館の屋台蔵を歩いた日
▶ あかり博物館で、昔の灯りを見つめた日
▶ 小布施と雨と、中島千波館での一日
▶ 動き続ける絵と、止まらない視線
— 小布施・北斎館 —
小布施の北斎館を訪れた日。
歩いてたどり着いた場所は、
以前、プレハブの古屋が立ち並ぶ敷地の一角に、
二階建ての古民家が建っていた場所だった。
小布施に来たばかりの頃、
同じ釜の飯を食った仲間や幼なじみたちとともに、
社長から与えられた二階建ての一軒家に住んでいた。
もともとは、社長の家だったらしい。
今はもう、
その建物はなく、社長も亡くなり──
俺も仲間も、それぞれの場所へと巣立っていった。
跡地は、静かに北斎館の一部となっている。
その道を通りながら、
振り返るように、あの頃のことが浮かんだ。
社長の奥さんが、毎日
作ってくれた、腹一杯になる弁当のこと。
雪の日、玄関のドアが
開かなくて、二階から飛び降りたこと。
夜中に無免許で、トラックを
乗り出して、警察に捕まったこと。
酔っ払った社長が迎えに来て、
そのまま夜の街に飲みに行ったこと。
社員旅行でレンタカーを借りて小布施を出た。
車内では宴会が始まり、止まることなく、
伊勢志摩・わたかの島へと向かったこと。
みんなが、社長を「親分」と呼んでいたこと。
給料が入っても、スーパーや焼肉屋のツケで
天引きされて、手元にはほとんど残らなかった。
足りなければ前借りして、
呑んで、騒いで、笑って、怒って、泣いて。
二日酔いのまま仕事に出て、
叱られて、喧嘩して、また謝る。
そんな毎日を、繰り返していた。
この路地は、
あの頃も、よく通っていた。
北斎館の脇を抜ける、細い道。
何気なく通っていたはずの道を、
今になって、
こうして歩きながら振り返っている。

さっきまでいた場所が、もう後ろにある。
その先にある東町駐車場。
壁に描かれた「怒濤図 男浪」が、静かに目に入る。
一度、足を止める。
慌ただしく流れていたものを、
静かに落ち着かせるように。
その日、ここに来たのは、
ただの散歩の延長だった。
でも──
そのまま、入らずにいられなかった。
入口のあたりで、
この建物が節目の年を迎えていることを知る。
五十年。
その数字を見たとき、
ふと、自分の年齢が重なった。
今年で、五十一歳になる。
遠いと思っていた時間が、
気づけば、すぐそばまで来ていた。
北斎館で感じたこと
そのまま、静かに館内へ入る。
今回の展示は、
「北斎 vs 福田美蘭」。
過去と現代が、
同じ空間に並んでいる。
ただ並んでいるだけではなく、
“どう見るか”を問われているようだった。
その中で、ひとつ強く残った作品がある。
福田美蘭による「怒濤図」。

北斎の波をもとに、
現代の視点で再構成されたもの。
ただの再現ではない。
激しく押し寄せる波。
その奥にあるのは、
美しさだけではない、
もっと根の深いものだった。
同じ波なのに、
見え方がまるで違う。
「それは、本当に美しいだけなのか」
そう問いかけられているようだった。
あとで知る。
この“怒濤”は、
北斎が小布施で描いた祭り屋台の天井絵、
「男浪」と「女浪」がもとになっていることを。
北斎館の中には、
東町と上町、二つの祭り屋台が展示されている。
小布施の祭り屋台は、全部で七基。
そのうちの二基が、ここにある。
残りの五基は、
おぶせミュージアム・中島千波館の屋台蔵に保存されている。
祭りの日の熱気とは対照的に、
そこには静かな時間が流れていた。
上町の屋台は、
高井鴻山が私財を投じて造り上げたもの。
舞台には、
水滸伝に登場する軍師・皇孫勝と龍の木彫。
そして天井には、
北斎が描いた「男浪」と「女浪」。
天保年間(1830〜1844年)、
北斎が小布施に滞在していた頃に手がけられたとされる。
激しくぶつかる波と、
静かに包み込む波。
その二つが重なり、
ひとつの“怒濤”として屋台の上に残されている。
東町の屋台は、
文化三年(1806年)に造られた、
現存する中で最も古い屋台。
当時の小布施村民の意向を受け、
高井鴻山の依頼によって整えられたもので、
天井の一部を改造し、
「龍」と「鳳凰」の二図が収められている。
天保十五年(1844年)、
北斎が八十五歳で小布施に滞在した折、
およそ半年をかけて描かれたものだという。
燃えるような紅の地に描かれた龍。
暗い藍を基調とした鳳凰。
その二つは対極をなし、
陰と陽のように向かい合いながら、
屋台全体の空気を引き締めていた。
どちらも長野県宝に指定されている。
そして、どちらの屋台にも、
北斎の手による絵が残されている。
上町には「男浪」と「女浪」。
東町には「龍」と「鳳凰」。
それぞれ違う表現でありながら、
同じ一人の絵師の手によって描かれたものだった。

屋台の上で、今も生きていた。
目の前にあるのは、ただの展示物ではない。
この土地の時間そのものだった。
こんなにも煌びやかな祭り屋台を前にして、
ふと、思った。
見ているだけではなく、
その中に入りたいと思った。
いつか、
あの祭り屋台を曳く側に立ってみたい。
家族や、仲間と一緒に、
屋台を曳き回す日が来たら。
この土地の中に流れている時間を、
自分の体で感じてみたい。
ここは、
展示を見る場所じゃない。
時間に触れる場所だった。
館内では、
巴錦が描かれた掛け軸も見ることができた。

以前、玄照寺の縁日で、
保存会の方から聞いた話がある。
北斎の菊図のモデルは、
小布施の古典菊「巴錦」ではないか、という話。
そのことが、ずっと頭に残っていた。
だから今回、
その描かれたものを見に来た。
実際にその掛け軸を前にしたとき、
知っていたはずのものが、
ようやく自分の中に落ちてきた。
ただの花ではない。
人の手で育てられ、
守られて、描かれてきたもの。
小布施という土地に残る時間が、
そこにも、静かに重なっていた気がした。
胸の奥に、そっとしまい込む。
北斎館で見たものも、
これまでの自分の時間も。
言葉にしきれないまま、
そのまま外に出た。
春の陽気に包まれた小布施。
散り始めた桜の花びらが足元に残り、
入れ替わるように、ツツジが咲き誇っている。
さっきまで見ていたものも、
感じていたことも、
どこかそのまま胸に残っている。
少しだけ立ち止まってから、
また歩き出した。
— 小布施・高井鴻山記念館 —
門をくぐる。

右手に穀蔵、左手に屋台庫。
蔵と蔵を繋ぐ屋根の下を抜けると、
その先に中庭が広がっていた。
さっき北斎館で見てきた、
あの祭り屋台のことが頭に残っている。
その流れのまま、屋台庫に入る。
中には、
北斎と高井鴻山に関する資料。
そして、あの手紙。
展示されていたその一通は、
ただの資料ではなかった。
絵のこと。
表現のこと。
どう描くかという迷い。
そのすべてを、
北斎に託そうとしている言葉だった。
北斎が八十五歳で小布施に滞在し、
およそ半年をかけて描いた「龍」と「鳳凰」。
あの屋台の上にあったはずの絵と、
ここに残された言葉が、
静かに繋がっている。
ここで、
この場所で、
鴻山は北斎に向けて手紙を書いたのだろうか。
そして──
この場所で、
あの天井絵も、
仕上げられていったのだろうか。
そう思った瞬間、
この空間の見え方が少し変わった。
ただ残っているものじゃない。
やり取りされていた時間そのものが、
ここにある気がした。
文庫蔵から翛然楼に入る。
壁の一角に、古い船板が使われていた。
近づいて見ると、表面には無数のフジツボの跡が残っている。
ここには海はない。
それでも、その板だけは、確かに海を知っていた。
波を受け、
潮にさらされ、
長い時間を過ごしてきた痕跡。
削られず、隠されず、
そのままここに残されている。
きれいに整えられた空間の中で、
そこだけが、少し異質だった。
でも、違和感というより、むしろ自然だった。
使われてきた時間ごと、
この場所に取り込まれているように見えた。
いざという時に逃げるための、
痕跡も残されている。
戸隠で見た忍者屋敷のように、
鴻山が使っていた書斎の至る所に、
隠し扉や抜け穴が作られているのだ。
階段を上がってすぐ、
少し高い襖を開け、
敷居をまたいで畳の部屋に入る。
その瞬間、
低い鴨居に、頭をぶつけた。
気をつけていたつもりでも、
何度か当たる。
その瞬間──
親分に気合を入れられた頃のことがよぎった。
叱られているのか、
試されているのか、
あの頃はよく分からなかった。
でも、
よくしてもらった分だけ、
ちゃんと見られていた。
気が抜けていれば、すぐに分かる。
その空気が、
一瞬、頭の中を通り過ぎていく。
畳の部屋を抜けて、
奥の窓へと進む。
木の手摺のついた窓の向こうに、
雁田山が見える。

うちの庭から見る景色と、
さほど変わらない。
こちら側の景色も好きだ。
それでも──
本当に惹かれるのは、
反対側にある景色だった。
小布施から見る北信五岳。
ここからは見えない。
さきほど、北斎館で見てきた展示。
福田美蘭が描いた、北信五岳。

北斎の「冨嶽三十六景」を、
富士ではなく、この土地の山に重ねた作品だった。
あのとき見た山の形が、
そのまま頭の中に残っている。
小布施で暮らし始めた頃の景色が、
静かに重なっている。
ここからは見えないはずなのに、
なぜか、はっきりと浮かんでくる。
昔の風景を思い浮かべると、
自然と浮かんでくる景色。
それが、
自分の中に残っているものなんだと思った。
振り返ってみると──
ここは自分にとっても、
縁と所縁のある場所だったのかもしれない。
過去と今が重なり、
静かに残り続けている場所。
小布施という土地の中で、
自分の時間もまた、
確かに重なっていた。
⸻
波を見ていたはずなのに、
気づけば、
自分の方が見られている気がした。
立ち止まっていたのか、
流されていたのか。
たぶん、
その間みたいな場所を、
ずっと歩いている。
⸻
歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。


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