ひと組が入る。
また、ひと組。
……ん?
なのに、
どういうわけか
後から来た人まで
暖簾の向こうへ消えていく。
俺はまだ、外にいる。
どういうことだ。
───
小布施|手打ち生そば 朝日屋。
営業時間・駐車場・アクセス・混雑時の待ち方。
小布施町の国道403号沿いにある、
手打ち生そば 朝日屋。
手打ち蕎麦のほか、
自家製うどん、数量限定の栗おこわもある。
店名: 手打ち生そば 朝日屋
住所: 長野県上高井郡小布施町小布施981
電話: 026-247-2158
営業時間: 11:00〜15:00
オーダーストップ: 14:30
定休日: 不定休
予約: 不可
支払い: 現金のみ
手打ち蕎麦は数に限りがあり、
品切れの際は早めに閉店することもある。
混雑時は、
店内にある用紙へ名前と人数を書いて待つ。
――と、ちゃんと書いてある。
これに俺が気づくまでの話は、
もう少しあとで。
【営業時間・順番待ち案内の写真】
朝日屋の駐車場
朝日屋の駐車場は、店前に2台分。
店先は、
かなりコンパクトだ。
この日は車が1台停まっていて、
その脇には順番を待つ人たち。
【朝日屋・店先と駐車場の写真】
店前が埋まっていたら、
北斎館東町駐車場も選択肢になる。
北斎館に隣接する普通車用の駐車場で、
朝日屋は東町駐車場の割引提携店。
利用条件に応じて割引券が提供されるが、
詳しい条件は朝日屋で確認を。
北斎館東町駐車場の駐車料金は、
最初の1時間200円。
以降1時間ごと100円で、
入庫後24時間最大1,000円。
この東町駐車場から町なかへ出れば――
このあと俺が歩く、
栗の小径へつながる。
小布施町内には、
ほかにも有料駐車場がある。
───
――少し、時間を戻す。
時は八月十五日、終戦記念日。
ところは信州・小布施、
真夏の昼下がり。
盆の薮入り。
山の神さんは、
倅ども引き連れて里帰り。
朝から家の中をちょいと片づけ、
手を合わせるものには手を合わせる。
昼前には金の用向きで町へ出た。
その用事を片づけ、
さて帰るかと車を走らせてみりゃ――
どういう風の吹き回しか、
前も後ろも大渋滞ときやがった。
ちょいと小腹が空いたからって、
数ある蕎麦屋を覗いてみりゃ、
これまた長蛇の列。
まるで名物開帳にでも
人が群がったような騒ぎ。
人の背中が壁になって、
暖簾をくぐる隙もありゃしねえってことよ。
こりゃいけねえ。いったん家へ引き返すか。
しかし、
そう簡単には帰してくれねえ。
前も後ろも車が詰まっていて、
動きゃあしねえ。
ようやく家へたどり着き、
車を乗り捨てるように降りる。
ちょうど、昼の鐘。
あさみの眠る桜の木の下に線香を立て、手を合わせ黙祷。
すると今度は、
腹の虫が、
ぐ〜ぐ〜と鳴り響いてきやがる。
腹が減っては戦はできぬってぇ〜ことよ。
頭ん中は、
もうツルツルっと手早く手繰る蕎麦。
一度その気になっちまったら、
引っ込みがつかねえ〜んだって。
・・・だったら――
歩いて行きますか?
歩いて行きますか?

町営松村駐車場や、
町営森の駐車場を通り過ぎながら、
飯綱山の方へ。
振り返れば雁田山。
夏の空を埋め尽くそうとする雲。
その隙間から、
容赦なく照りつける太陽。
兎に角、蒸し暑。
風はある。
だが、
涼しかねえ。
汗ばんだ身体を撫でていくのは、
なんとも生ぬるい風。
薄着で出てきたってのに、
額から汗がポタポタ落ちてきやがる。
喉も渇く。
道すがら、
自販機が目に入る。
……ここで一本、いっとくか?
いや、待て。
朝日屋まで行きゃあ、
冷えた瓶ビールが待っている。
……そう思ったからには、もう後には引けねえ。
栗の小径へ分かれる、
そのすぐそば。
物語ボックスのある東屋に腰を下ろす。
滴る汗を落ち着かせ、
煙草に火をつける。

道を渡った向こうには、中町小路。
大日通りを挟んだ正面には、
櫻井甘精堂の駐車場。
さて、
どっちから行こうか。
急ぐ旅でもなし。気の向くままに行こう。
考えるのをやめて、
煙草をふかす。
一本吸い終え、
腰を上げた。
気がつけば、
無意識のうちに栗の小径を歩いていた。
身体は正直だ!
栗の小径から、町なかへ
気の向くままに歩いてみりゃ、
栗の小径。
最初の曲がり角。
オープンガーデンの小さな扉が
見えるあたりまで来ると――
こりゃ、涼しい。
さっきまでの蒸し暑さが嘘みたいだ。
名前こそ「栗の小径」だが、
栗の木が並んでいるわけじゃない。
足元に敷き詰められているのが、栗の木だ。
直角に折れる栗の小径を進み、
高井鴻山記念館の東門あたりへ。

その先には、
くるみの木。
栗の小径を抜けて、
正面には北斎館。
左角に小布施堂 傘風楼。
その先には、
以前から気になっている、
娘と同じ名前の看板「藍」。
その「藍」を横目に、
右へ曲がる。
町なかで、
ひときわ背の高い木の下には、
ひと休みする人たち。
観光客なのか。
盆の里帰りなのか。
食後のひと休みか。
そこまでは分からない。
こちとら、
腹が減って喉も渇いている。
大きな和風の幟には、桝一・蔵部。

石を敷き詰めた広場。
向かいには、
櫻井甘精堂 北斎亭。
栗おこわ。
……。
額を伝う汗を拭う。
ひと休みしている場合じゃねえ。
それどころではない! お先に!
木陰を抜ければ、
またお天道様。
すると今度は、
頬を何かが伝う。
もう――
汗か。よだれか。どっちでもいい。
木陰でようやく落ち着いた汗も、
また額から滴り落ちてきやがる。
俺をこんなに苦しめる下手人は、
あのお天道様に違いねえや。
暖簾は、見えている。
お天道様を恨みながら、
それでも先へ進む。
国道403号へ出る。
道の向こうには、竹風堂。
その隣には、
日本のあかり博物館。
そこまで見えりゃあ、
あのカブトムシまで頭に浮かぶ。
だが今日は、
そっちへは渡らねえ。
いろは堂を横目に、
桝一酒造の前を通り、
小布施堂を通り過ぎる。
するとようやく――
朝日屋の暖簾が見えてくる。

店先には、人の列。
蕎麦は見えねえが、
混んでるのはよく見える。
高井鴻山記念館へ、
通じる道あたりで、
車の流れが
ふっと
途切れた。
今だ。
道を渡る。
暖簾は、
もう目の前。
俺もその列の末へ。
これで順番は来る。
――はずだった。
目の前にいた一組なら、
まだしも。
後続も続く。
ひと組。
また、ひと組。
暖簾の向こうへ
消えていくじゃねえか。
……ん?
こちとら、
さっきから待ってる。
俺はまだ、外にいる。
どういうことだ。
どうにも、
勘定が合わねえ。
ちょいと店先を見回してみりゃ――
貼り紙が一枚。

……。
ああ。
そういうことかい。
暖簾をくぐる。
あ――涼しい。
なんだ、ここは天国か。
さっきまでのお天道様が、
嘘みてえだぜ。
冷房の効いた店内で、
ようやく人心地――
つく暇もなく、
紙に名前を書く。
人数――
一名。
さて。
俺の居場所は……
まだ、外。
……。
天国、滞在わずか。
暖簾をくぐって、
再び炎天下へ。
地獄へ逆戻り。
今度こそ、
順番は――
四人。
三人。
二人。
そして、
一人。
なるほど。
今度は、勘定が合う。

───
喉はカラカラ。
腹は減った。
汗だけは、
まだ景気よく出やがる。
暖簾の向こうを覗けば、
涼しい顔して蕎麦を手繰る人たち。
ふと、
中の客と目が合った。
……。
こっちはもう、
蕎麦屋の客ってぇ顔じゃねえ。
せめて一本。
そんな目で、
蕎麦を見ていた気がする。
暖簾の内側。
しばらくして、
名前を呼ばれた。
午後一時二十分過ぎ。
今度こそ、
客として暖簾をくぐる。
あ――涼しい。
さっきは名前を書いただけで、
天国から地獄へ逆戻り。
今度は、
ここにいていいらしい。
通されたのは、
年配のご夫婦と向かい合う相席。
店の中には、
昭和の中頃から後半あたりの空気が
そのまま残っている。
少なくとも俺の目には、
分かりやすい値札は見当たらねえ。
まあ、いい。
値段を見るために、
炎天下を歩いてきたんじゃねえ。
腹も減ってる。
だが――
まずは喉だ。
「瓶ビール一本、お願い。
それと、
枝豆もちょうだい。」
やがて、
やさしそうな女性店員がやってくる。
ひとつのお盆には、
お冷と、お通し。
瓶ビールと、
小さなグラス。
一緒に卓へ置かれる。
コトン。
「その他、お決まりになりましたら、
お声掛けください」
……。
もう、決まっている。
小さなグラスを引き寄せる。
もちろん、
手酌。
注ぐ。
泡なんざ、
待っちゃいられねえ。
ぐいっ。
……。
ああ。
喉を通った一杯が、
身体の奥まで落ちていく。
小さなグラスを卓へ戻す。
すると――
さっきの コトン。 が、
妙に耳に残った。
───
同じ朝日屋。
向かいには、穣。
俺の前には瓶ビール。
穣の前には、
サイダー。
卓には、おでん。
グラスを持ち上げて、
乾杯。

あの日も、
二人で小布施を歩いた。
朝日屋で一杯やって、
帰りには、
弁当箱まで買ったっけ。
───
それがまた、
いつの間にやらもっと昔。
三十年ほど前の朝日屋。
今度は、
向かいにいるのは穣じゃねえ。
先輩たちだ。
卓の上には、
やっぱり瓶ビール。
注いで。
注がれて。
また注ぐ。
あの頃は、
手酌ばかりじゃなかったな。
酒の向こうに、
昔の朝日屋が浮かんでは消える。
───
コトン。
……ん?
目の前に、
また瓶ビール。
気がつきゃ、
空いた瓶が四本。
今置かれたのが――
五本目。
……。
いつの間に。
どうやら俺は、
時間だけでなく、
三本分の記憶まで飛ばしてきた。
まだ、蕎麦じゃねえ。
五本目の瓶を前に、
ようやく現在へ戻ってきた。
枝豆をつまむ。
お通しの、
きんぴらごぼうにも箸を伸ばす。
……うまい。
もうひと口。
やっぱり、うまい。
女性店員が近くへ来たところで、
「このきんぴらごぼう、
もうひとつお願いできる?」
「ちょっとお待ちください」
店の奥へ聞きに行く。
しばらくして、
戻ってくる。
どうやら、
追加でお願いできるらしい。

よし。
枝豆。
瓶ビール。
きんぴらごぼう。
───
腹は減ってる。
蕎麦だって、
そりゃあ食いてえ。
ところで俺は、
いったい誰と勝負してるんだ。
だが――
ここまで来るのに、
炎天下を歩いて、
並んで、
抜かれて、
ようやく、
この卓にたどり着いた。
急ぐ理由なんざ、
どこにもねえ。
急ぐ旅でもなし。
せっかく手にした、
この昼下がり。
蕎麦を手繰っちまえば、
いずれ勘定して暖簾を出る。
それがなんとも、
もったいねえ。
もう少しだけ、
ここにいたい。
勝手に我慢大会。
「天ぷら、お願い。」
まだ蕎麦はいかねえ。
枝豆。
きんぴらごぼう。
天ぷら。
瓶ビール。
蕎麦屋へ来ておきながら、
蕎麦だけが、まだ来ねえ。
まあ、
いいじゃねえか。
今日は、
時間まで肴にしてやろう。
注文だけ見りゃあ、
もう立派な宴会だ。
しかも、一人で。
やがて、
天ぷらがやってくる。

しめじの寄せが二つ。
海老が一本。
根曲がり竹が四本。
こりゃあ、
瓶ビールがまだ働ける顔ぶれだ。
「すみません、
塩もお願い。」
塩をちょいとつけて、
天ぷらをひとつ。
───
ふと、
暖簾の向こうへ目をやる。
まだ、
外には人がいる。
そのうちの一人と、
目が合った。
……。
あ。
さっきの俺だ。
ついさっきまで俺も、
あっち側から
こんなふうに中を見ていた。
今じゃ、
天ぷらをつまんで瓶ビール。
暖簾一枚で、えらい違いだ。
五本目も、
半ば過ぎ。
さて――
そろそろ、
いい頃合いか。
「ざる蕎麦、お願い。
雁盛りで。」
「はい。かしこまりました。
注文の確認をいたしますね」
……。
通じてる訳もなく。
「大盛りで。」
ようやく、
蕎麦屋で蕎麦を頼んだ。
とはいえ、
五本目の瓶にはまだ残っている。
天ぷらも、
まだ卓の上。
「まだ残ってるんで、
できればぎりぎりまで
間を空けてもらえます?」
急ぐ旅でもなし。
ここまで待ったんだ。
できることなら、
ぎりぎりまで。
五本目をやりながら、
残った天ぷらをつまむ。
目の前の年配のご夫婦が席を立つ。
また別の客が来る。
カップル。
一人の男性。
入れ替わり、
立ち替わり。
こちとら写真の一枚でも、
と思っちゃいるが、
なかなか、
その時が来ねえ。
そうこうしているうちに、
ラストオーダーの頃合い。
店の方から、
そろそろ蕎麦を茹で始めてもいいかと
声がかかる。
……。
客が、
ひと組、またひと組と帰っていく。
人の気配が少なくなり、
気がつけば――
最後に残った客は、俺一人。

入口を入って左手。
俺が座っているのは、
相席の卓。
国道403号の向こう。
見えやしないが、
その先には、
雁田山がある。
そして――
ようやく、
蕎麦がやってくる。
卓の上へ置かれた、
大盛りのざる。
……。
山が、来た。
目の前に盛られた蕎麦を見ていると、
どうしたって浮かんでくる。
雁田山。
今いる席から、
山そのものは見えねえ。
けれど、
国道403号の向こう。
正面のその先には、
あの山がある。
───
以前、
穣と雁田山を下りて
朝日屋へ来た日。
目の前の蕎麦を見て、
穣が言った。
「雁田山みたいじゃん」
なるほど。
「じゃあ――
雁盛りだな。」

店では、
ただの「大盛り」。
だが我が家じゃ、
雁田山の「雁」を取って、
雁盛り。
それだけじゃない。
朝日屋の、
ざるの上にこんもり盛られた
あの蕎麦そのものを、
我が家じゃいつの間にか、
「おぶせそば」
と呼ぶようになった。
俺だけじゃない。
今じゃ、
家族みんなが「おぶせそば」。
そう呼ぶのは、
朝日屋のあの蕎麦だ。
おぶせそば。
その大盛りなら――
雁盛り。
小布施。
雁田山。
朝日屋。
そういや、
朝日は、
あの山の方からやってくる。

……まさか。
雁田山から朝日が昇るから、朝日屋か?
もちろん、
店名の由来なんざ知らねえ。
我が家で勝手に、
言ってるだけだ。
それでも話は、
勝手に先へ行く。
朝日屋があるなら――
西日屋。
いや、
夕日屋も悪くねえ。
妻は調理師免許も持っている。
……。
それはそれで、
おもしろい。
おいおい。
蕎麦を食う前から、
店まで始める気か。
雁田山の方角を正面にして、
目の前には、
思えば思うほど
雁田山に見えてくる蕎麦の山。
太いところもありゃ、
細いところもある。
凹凸のある麺には、
瑞々しさがまとわり、
つやりと光る。

ざるの上に、
こんもり。
小布施の、手打ち生そば朝日屋。
そこで出てきた、
てんこ盛りの、雁盛り。
小さな布を施す――
「小布施」。
そんな字面遊びまで、
頭をよぎる。
……。
そこまでいくと、
さすがに酒が回ってるか。
それでも、
雁田山の方角を向いて、
山みてえな蕎麦を前にしていると、
なかなか悪くない。
あとはもう、
つるつるっと手繰るだけ。
───

腹はいっぱい。
酒も入った。
気分もいい。
世が良い。
いや――
酔いが良い。
ヨヨヨ。
ヨヨヨの、良い酔い。
勘定を済ませ、
暖簾の外へ出る。
……暑い。
やっぱり、
お天道様はまだいやがった。
帰り道。
物語ボックスの
五話、六話、七話、八話を辿りながら、
大日通りを、
雁田山の方へ歩いて帰る。

行きは腹を空かせて、
朝日屋を目指した道。
帰りは腹いっぱいで、
雁田山を目指す道。
――いや。
行きは良い良い、帰りは重い。
───
それから。
我が家じゃ今でも、
朝日屋のあの蕎麦を見れば、
「おぶせそば」。
大盛りなら、
「雁盛り」。
最近じゃ、
しきも、藍も、
「雁盛りで」
だの、
「雁盛り、やだ」
だの。
もう普通に、
通じる言葉になってやがる。
朝日屋じゃ、
通じなかったけど。
まあ、
それでいい。
店では「大盛り」。
我が家では「雁盛り」。
少しか。
雁盛りか。
聞かれなくても、
答えは決まっている。
雁盛り一丁。
───
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
もしこの記事が、
「小布施へ行ってみたい。」
「朝日屋で蕎麦を手繰ってみたい。」
「ここに停めて、歩いてみよう。」
そう思うきっかけになれば、
とてもうれしく思います。
これからも、
実際に歩いて見つけた景色や場所、
現地で確認した情報を、
記録として残していきます。
───
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