【 小布施でアートを感じる記録 】
▶ 賑わいの中で、繋がっていくもの。
▶ 北斎館で感じた、“別の波”
▶ 祭り屋台と、中島千波館の屋台蔵を歩いた日
▶ 本記事|あかり博物館で、昔の灯りを見つめた日
▶ 小布施と雨と、中島千波館での一日
▶ 動き続ける絵と、止まらない視線
ネットで見かけたんですよ。
「親子が一緒に過ごせる時間は、実はとても短い」ってやつ。
読みながら、なんかこう、ちょっといい親みたいな顔になって。
腕なんか組んじゃって。
「うんうん、わかるなぁ」って。
気づいたら、めちゃくちゃ頷いてる自分がいた。
なんなら、少しだけ目も潤んでる。
……いや、誰だよそれ。
まず、そうはならない。
で、思うわけですよ。
「一日一日を大事にしよう」とか。
「ちゃんと向き合おう」とか。
いいこと言ってるな、俺。って顔で。
……いい加減にしろ。
⸻
で、現実。
さっきまで片付けたはずの部屋。
気づけば、元通り。
「さっき言ったよね?」が、もう一回。
いや、これで三回目。
「さっき言ったよな?」

本人の中では、ちゃんと並んでる。
静かだなと思ったら、
だいたい俺の意と反してる。しかも全力で。
でもまぁ、いいかと思う。
たぶん、こういうのなんだろうなって。
ちゃんとしてない時間。
でも、あとで笑えるやつ。
まぁいいや。
今日も、にぎやかにやっていきますか。
⸻
身体は思うように動かない。気持ちも、追いつかない。
テレビの前に簡易ベッドを広げて、横たわっていた。
そんな中で、妻が言った。
「博物館、行こうか」
息子が続く。
「お父さん、歩けばいいじゃん」
……図星だ。
気づけば、娘たちも支度を始めていた。
結局、俺は歩いた。
いや、歩かせてもらった、が正しい。
ただ歩くだけ。それなのに、今日は違った。
足の痺れが、どうしても動きを遅くする。
正直、もどかしい。
でも、子どもたちと歩くには、ちょうどいい。
家族と歩くと、ただの一歩じゃなくなる。
⸻
小布施陣屋跡にて、小休止。
元禄14年(1701)から正徳5年(1715)までの、わずか15年間。
今から325年前から311年前。
どちらにせよ、300年以上前の話だ。
いろは堂のおやき(栗あん)を齧る。
長野県を代表する、独特なおやき。
県内にはたくさんのおやきがあるが、ここのは生地が違う。
もちもちしていて、美味い。
なす、きのこ、大根、人参。
そんな絵が入っていた、おやきを包む紙。
子どもの一声に、店員が反応して、
勧められた向きのまま、逆らわずに、皿と湯呑みを買った。

あのデザインは――原山尚久先生のものだった。
生前、お会いすることは叶わなかった。
鬼無里の本店で、
この方が残した行燈に出会ったことがある。
でも、
あのとき見た灯りの空気だけは、
今も、どこかに残っている気がする。
⸻向かったのは、
公益財団法人 日本のあかり博物館。

館内に入ると、資料や小物、燭台、
ちょっとした土産品が並んでいる。
妻が受付の人と話している。
娘の友達のばあちゃんだった。
「お世話になっております」
そのまま館内を進む。
暗さに目が慣れてくる。
足音だけが、少し響く。
子どもたちは説明を読みながら、
「ようかいさがし」に興味津々。
怖がりながらも、ワークシートに挑戦して、
ちゃっかり探している。

「あった!」
「これじゃない?」
「み〜つけたッ!!」
夢中だった。
昔も今も一緒だと思った。
考えるだけじゃ足りない。
動いて、覚えて、生かす。
⸻
火も、同じことだ。
昔は、手間をかけて火を起こしていた。
簡単にはつかないから、何度も試して、覚えていく。
今はどうだ。
すぐつく。便利だ。
でも、覚える前に終わってしまう。
それが、一番こわい。
⸻
行燈皿や燭台の展示で足が止まる。
これはいい。
骨董品の博物館・資料館だと思っていた。

子どもは面白いものとして見ていた。
さっきまで館内を走っていた息子が、
戻ってきて言った。
「お父さん、あれかっこいいね」
鉄でできた燭台だった。
「何に使うの?」と聞くと、
「花火のときにさ、こうやって火つければ、熱くなくていいじゃん」
……なるほどな。
鼻っつらがくずぐったくなる。
無意識に、にやけていた。
ちゃんと考えてるんだなと思う。
⸻
帰り際に、昔懐かしい土産をひとつだけ買った。
展示品限りの、長い間、売れ残っていたマッチ。
子供達も、妖怪探しとワークシートをやって
一通り観てまわり外に出る。陽射しがキツい。
⸻
小布施といえば、あの⸻
カブトムシのオブジェ。

このカブトムシのオブジェは、
昔、国道403号沿いにあった頃、
仲間と酔った勢いで記念撮影をした場所でもある。
肩を組んで、
角みたいな頭なんかしながら、
馬鹿みたいに笑っていた。
あの頃は、
まさか自分が、
家族を連れてここへ来るなんて思っていなかった。
今は、
子どもたちの後ろ姿を見ながら、
自分がカメラを構えている。
中野土びな館 文庫蔵

その奥には、
竹風堂本店の敷地内にある、
中野土びな館 文庫蔵。
お隣りの中野市に伝わる郷土玩具、
土びなが常設展示されている。
妻は子どもたちにアイスを買いに連れて行かれる。
その隙に、ひとりで土びな館をのぞいた。
江戸時代後期。
農閑期の副業として始まり、
京都伏見人形をルーツに全国へ広がったものらしい。
伏見から奈良、
愛知の三河、
そして北信濃へ。
遠い土地を渡ってきたものが、
こうして今も小布施に残っている。
何代にもわたって作られ、
飾られ、
誰かの“健やかな成長を願う気持ち”が込められてきた。
派手ではない。
でも、
静かに残ってきた理由が、
少しだけ分かった気がした。
⸻
カブトムシの前の喫煙スペース。
タバコに火をつける。
煙が上がる。
吐き出した煙を見ながら、
ぼんやりと妄想が膨らんでいく⸻
昔なら、
ああいう煙を見て、
「狼煙が上がったぞ」なんて
言っていたのかもしれない⸻
以前に見た、祭り屋台を思い出した。
小布施町には、7基の祭り屋台が残っている。
北斎館に展示されている屋台もあれば、
おぶせミュージアム・中島千波館に収蔵されているものもある。
その中でも、一番古いとされているのが、横町の屋台。
制作は、文化〜文政年間(1781年〜1818年頃)。
北信の工匠によるものとされている。
ちょうど同じ頃。
中野では土びなが広がっていた。
江戸の終わり。
このあたりは、きっと賑わっていた。
少しだけ、想像してみてほしい。
当時は、まだ村だった。
陣屋には火が灯り、
家の中には、土びなが静かに飾られていた。
外では、笛や太鼓が鳴り響く。
老若男女の入り混じる掛け声。
その中を、祭り屋台が練り歩く。
⸻
そんな風景の中に、
高井鴻山や葛飾北斎もいたのかもしれない。
そう思うと、
あの屋台の見え方も、少し変わってくる。
⸻
ふっと、そんな光景が頭に浮かぶ。
……その瞬間、
栗の小径
敷き詰められた栗材を、
子どもたちが、
ひとつひとつ踏みながら歩いていく。

足元ばかり見て、なかなか進まない。
「おい、前見ろよ。」
「見てるよ〜。お父さんも見てよ。」
「いもうとばっかり見てないでさ〜」
「これ何コレ、見て!これ?」
そんなやり取りをしながら、
結局、ゆっくり歩く。
――まぁ、こういう帰り道が、一番残る。
⸻
さて、今日もいい一日だったなと。
ちょっとだけ、いい親みたいな顔して、
「ちゃんと向き合えたな」なんて思いながら、玄関を開ける。
さっき片付けたはずの部屋が、
見事に、朝より散らかってた。
……誰だよこれやったの。
いや、分かってる。
分かってるけど一応聞く。
「さっき言ったよな?」
シーン。
あ、これダメなやつだ。
と思った瞬間、
奥から声が飛んでくる。
「パパー!マッチどこー?火つけていいー?」
……おい待て。
それは今日、一番覚えちゃいけないやつだ。

結局――
今日いちばん学んだのは、
子どもじゃなくて、俺の方だったらしい。
昔の灯りや、
土びなを見ていたはずなのに、
気づけば、
「残っていくもの」のことを考えていた。
祭り屋台。
土びな。
燭台。
行燈。
どれも、
ただ古いものじゃない。
誰かが使い、
願い、
守ってきたものだった。
⸻
歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。

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