仕事終わり。
その時は、
まだ雨なんて降っていなかった。
ただ、
この日の俺は少し様子が違った。
偏頭痛。
首を動かした時の、
なんとも言えないぎこちなさ。
そして、
右腕と右足の痺れが、
いつもより強くなっていた。
緊急搬送されてから休業中。
身体の違和感を抱えながら、
いつものように風呂へ入った。
すると途中から、
遠くで雷の音。
ゴロゴロ鳴ってるな――
くらいに思っていた。
でも、
風呂から上がる頃には、
外は完全に大雨だった。
そして、
5月12日18時23分頃。
長野県全域で停電が発生した。
夕食を食べていた時だった。
突然、
家の電気が落ちた。
「あ、停電か。」
最初は、
その程度だった。
でも、
真っ暗になった部屋って、
思った以上に静かになる。
一瞬だけ、
家の空気が止まった。

その時。
俺が、
「よーし。今夜はキャンプだ!」
と言った。
すると――
待ってましたとばかりに、
長男が立ち上がった。
「よっしゃー!!」
早い。
切り替えが異常に早い。
そしてそのまま、
姉妹へ指示を出し始める。
「懐中電灯!」
「熊の鈴!」
「水入れるやつ持って!」
「タオル!」
さらに母親には、
「お母さんは、おにぎり!」
完全に、
少年隊長モードである。
しかも、
指示はわりと大雑把。
すると横から、
姉が静かに修正に入る。
妹へ向かって、
「お風呂場からタオル5個持ってきて」
「その袋こっち置いて」
やたら的確。
兄は冒険隊長。
姉は現場担当。
妹も、
「はーい!」
と、
ちゃんと動いている。
暗い家の中なのに、
妙に連携が取れていた。
その姿を見ながら、
少し驚いた。
遊びみたいに思っていたキャンプで、
ちゃんと覚えていたんだ。
懐中電灯。
水タンク。
動き方。
声の掛け方。
知識じゃなく、
経験として残ってる。
しかも俺は、
緊急搬送されて休業中。
身体の痺れも残っていて、
正直、
それどころじゃない部分もある。
でも、
そんな空気を変えたのは、
子ども達だった。
しばらくして、
町内放送が流れた。
「水の濁りが発生しています」
「飲料水・料理には使用しないでください」
さらに、
「町役場に給水車を配備します」
という放送。
後から町の発表を見ると、
停電復旧後の18時50分頃から、
町内の一部地域で濁り水が発生していたらしい。
最初は、
上町・東町地区など町中心部。
その後、
徐々に周辺部へ広がったという。
その瞬間、
少し現実味が増した。
停電だけなら、
まだ非日常で済む。
でも、
水が使えないとなると話が違う。
暮らしそのものに直結する。
すると長男。
さらに張り切る。
「タンク持ってくぞ!」
「ライトいる!」
「よ〜し準備OK!」
完全に、
遠征前の隊長である。
その時だった。
パンッ――

部屋の電気が戻った。
一瞬、
家族全員止まる。
そして長男。
「……え。」
ものすごく、
残念そうな顔。
いやお前、
停電終わってガッカリする側なのか。
姉妹も、
「えーーー!」
「もうちょっとキャンプしたかった!」
と、
完全に口に出してからの不満顔。
なんだこの家。
普通、
安心する流れだろ。
でも、
その空気がおかしくて、
少し笑ってしまった。
不安な夜だったはずなのに。
子ども達は、
停電すら冒険へ変えていた。
その後、
キャンプ用の水タンクを持って、
息子と二人で町役場へ向かった。
外は雨。
現地に着くと、
すでに役場職員の方達が、
大雨の中で懸命に誘導していた。
反射ベストを着て、
誘導灯を振りながら、
ひっきりなしに車を案内している。
雨が降りしきる中、
ご苦労様です――
そう思いながら、
ゆっくり車列へ並んだ。

みんな静かに、
順番を待っている。
怒鳴る人もいない。
クラクションも鳴らない。
ただ、
それぞれが少し不安そうに、
前を見ていた。
こういう時、
普段見えないものが見える。
電気。
水。
当たり前の暮らし。
そして、
雨の中で動いている人。
しかも今回。
水が使えない状況なのに。
結果的に、
親子水入らずみたいになってるのが、
なんだか少し笑えた。
昔の人は、
火を起こして、
水を運んで、
暗闇の中で暮らしていた。
今は便利になった。
でも、
止まった瞬間。
最後に出るのは、
人間の覚えてる力なんだと思う。

停電した夜。
一番頼もしかったのは、
子ども達だった。
正直、
身体の事で頭がいっぱいだった俺よりも、
よほど落ち着いていたと思う。
暗闇の中で見えたのは、
懐中電灯の灯りだけじゃなかった。
子ども達の成長だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
こうした何気ない一日を、
これからも記録として残していきます。
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少しずつ繋がっていった記録です。


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