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人生で一番うまかった冷やし中華

冷やし中華を作った長男と次女が笑顔で料理を持つ様子 3児の父

夕方6時近く。

リハビリを終えて家に帰った。

玄関を開けると、
何か様子がおかしかった。

妻がいない。

返事も弱い。

慌てて探すと、
畳の部屋とフローリングの境目にある戸の前で、
倒れるように横になっていた。

それだけ移動するのも精一杯だったのだと思う。

体温計を持ってきて測ると、
38度を超えていた。

かなりつらそうだった。

子供たちは三兄妹で風呂に入っていた。

まず布団を敷いた。

着替えを用意した。

熱さまシートを貼った。

しばらくして、
風呂から一番先に上がってきた長女が言った。

「ママ。熱があるって」

その声を聞いて、
長男も様子を見に来た。

「うつっちゃうから」

そう言いながらも、
お母さんの顔を心配そうに見ていた。

最後に次女が駆け寄ってくる。

「ママ。大丈夫かな?」

子供たちなりに分かっていたのだと思う。

お母さんが苦しそうなこと。

いつもと違うこと。

熱があること。

そこからだった。

子供たちが自然と動き始めたのは。

長男と次女が冷やし中華を作り、料理を運ぶキッチンの様子
気付けば、それぞれが自分に出来ることを始めていた。

息子が氷枕を持ってきた。

長女はタオルを持ってきて、
氷枕を包んだ。

次女は小さな手で枕を運び、
お母さんの頭の下へ差し込んだ。

誰かに言われたわけではない。

指示されたわけでもない。

今何が必要か。

それぞれが考えて動いていた。

気付けば三人掛かりで、
母親の看病をしていた。

その姿を見ながら、
少し驚いていた。

いつの間に、
こんなことが出来るようになったんだろう。

ついこの前まで、
抱っこをせがんでいた気がするのに。

そして台所へ向かった。

正直、
台所は戦場みたいになっていた。

子供たちが冷やし中華を作った後の台所の様子
この散らかり方が、少し誇らしかった。

けれどそこには、

「お母さんを助けたい」

という気持ちがあった。

しばらくして長男が言った。

「お父さん食べる?」

見ると、
キッチンに俺と妻の分が残してあった。

お母さんは熱で食べられそうにない。

だから俺は笑いながら言った。

「じゃあ、お母さんの分も全部食べてやるか」

長男も笑った。

二人で分けながら食べた。

食卓に並んでいたのは、
お店みたいな冷やし中華じゃない。

卵も少し崩れている。

麺も完璧じゃない。

それでも、

人生で食べた冷やし中華の中で、
間違いなく一番うまかった。

子供たちが作った冷やし中華の盛り付け
見た目じゃない。あの日の気持ちごと忘れられない一皿だった。

それで終わりではなかった。

俺は台所を片付けながら、
妻のためにお粥を作った。

洗濯物も残っていた。

姉妹が洗濯物を運ぶ。

長男が背伸びをしながら干していく。

俺も首の痛みに耐えながら動いた。

いつもは当たり前に終わっている家事を、
家族みんなで分け合った。

妻の熱は少しずつ上がっている。

明日は仕事を休むことになりそうだ。

子供たちの学校や保育園もある。

首の痛みもしびれもある。

決して余裕がある状況ではない。

家族で夕食を終えたあとのキッチンの様子
慌ただしかった夜が、少しだけ落ち着いた。

それでも今日、
ひとつだけ確かに思ったことがある。

子供たちは、
いつの間にか大きくなっていた。

いつまでも守る側だと思っていた。

助ける側だと思っていた。

けれど違った。

家族が苦しい時、

誰かを思いやり、

考えて動き、

支えられる人間になっていた。

父親が家族を支える日もある。

母親が家族を支える日もある。

でも今日は違った。

息子が先頭に立ち、

長女が支え、

次女が後ろからついていき、

家族を支えてくれた日だった。

いつの間にか、
こんなに頼もしくなっていたんだな。

そんなことを思いながら食べた冷やし中華は、
少ししょっぱかった。

たぶん、
うれしかったんだと思う。

この日の冷やし中華の味は、

たぶん一生忘れない。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

こうした何気ない一日を、
これからも記録として残していきます。

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歩きながら、
少しずつ繋がっていった記録です。

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